
あっと言う間の1時間25分
昨日は明日からはもう4月だというのに、花冷えならぬ、真冬の寒さだった。スマホの天気を見たら、外気温は7℃。でも、もうさすがに春なのだからと、ダウンジャンバーを着るのは躊躇われた。秋に着るような薄手のジャケットを着て、整形外科に出掛けた。すぐに失敗したと思った。予想外に風が冷たくて、顔に当たるのはあまり気にならないが、なんせ手が凍るように冷たく、まるで罰ゲームのようだった。上半身がスースーするのはまだ耐えられるが、手はどうしようもない。どうにかしようと無い頭を使って考えても、良い対処法が見つからない。こんなとき、せめて手袋があったらなあと、「手袋が欲しい!」と叫びたくもなった。道行く人を観察すると、皆ダウンコートを着て、手袋をしていた。リュックサックに手袋を入れておくべきだと痛感させられた。
それでもなんとか我慢して整形外科に辿り着いた。ホッとするが、待合室で待っていると、なんだか嫌な予感がした。その日はいつもより長く待たされるような雰囲気で、実際に私の不安は的中し、結果的には1時間25分も待たされた。まあ、順番からしたら、ある意味妥当な待ち時間だった。でも、いつもは早くて15分、最長でも、1時間10分くらいなので、それからしたら、もしかしたら自分は忘れられているのではとよからぬことを考えてしまいそうになる。だが、そんな私の根拠のない不安を払拭してくれたのは、看護師さん同士の会話だった。「○○さんと○○さんの間に、穿刺の患者さんのmikonaさんを入れてね」
自分の名前が出たことで、私は自分が忘れられてはいなかったことを確信した。待っていれば、名前を呼ばれるはず、大船に乗ったつもりになった。そわそわして落ち着かなかったことには違いはないが、幸運なことに私はちっとも疲れていなかった。実を言うと、待ち時間にはたいてい図書館で借りた本を読んでいるのだが、いつも30分くらいたつと飽きてしまって、気分転換についつい腕時計を見てしまう。じっとして座っていることに堪えられなくなってくる。椅子にじっと座っているのも、左足を骨折している身となると、膝を曲げているのが限界になってくるからだ。それなのに、昨日はもうどれくらいの時間だろうと、腕時計を見ると、なんと50分も経っていた。これには少々驚かずにはいられない。それぐらい読んでいた目の前の本に没頭していたらしい。
その後も自分の名前を呼ばれるぎりぎりまで、本に夢中になっていた。その本は昨年末に予約して、やっと順番が回ってきた本で、さすがに本の内容がどんなだったかを忘れていた。たしか新聞の新刊の広告を見て、なんだか良さそう、なんだか面白そうとピンときた本だった。その本のタイトルは『さいわい住むと人の言う』で著者は菰野江名さんだ。残念ながら、菰野さんのお名前は今まで聞いたことも見たこともなかった。だが、いつものように図書館サイトで検索してみると、予約数が物凄いので、人気作家らしいと初めて気づいた。予約した当時は好奇心で溢れかえっていた私の情熱も次第に薄れていった。悲しいことだが、これも自然の摂理なのだからどうしようもない。要するに、図書館の本の順番を首を長くして待つということは本を読む旬を逃すということだ。一番いいのは、お目当ての本を読みたいと思った時にすぐに手に入れて読むことだが、その通りにしていたら、当方は間違いなく破産する。それで、しかたなく財布と相談して、とりあえず忘れることにして、譲歩をするのである。”待てば海路の日和あり”なのである。
ただ、タダで本を読むという美味しい特権があることを知ってしまった、いやそれに慣れきってしまった私の身体は、自腹を切ろうとは思わなくなった。自慢にもならないが、私は本の宣伝文句に惑わされて勝手に自分の都合にいい方に解釈する傾向がある。そのため、昔は本選びにしょっちゅう失敗していた。良さそうだと信じて疑わなかった本を読んでみたら、なあ~んだということが多かった。なので、自分で本を買う時は慎重に慎重を重ねて、検討する必要がある。その女、注意せよ、絶対失敗するからね、ともう一人の自分に見張らせている。
mikonacolon