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大型書店よりも図書館の方が本がある?

私の先入観が逆転する事態に

 先日、大型書店に新聞の文芸欄に載っていた”今年のお勧め本”を探しに行った、と書いた。結果は敢え無く惨敗で、もはや大型書店は本探しには向かないとさえ思った。だいたいが、書店にある検索機は本のタイトルでしか、目当ての本を探せない。でも、図書館のサイトでは、有難いことに著者名でも本を探せる。これが実に便利で、題名を少しくらい忘れていたとしても、ちゃんと探せてしまうのだから有難い。

 大型書店に多大な期待を抱いた私が愚かなのかもしれないが、自分にとって不都合な現実を覚悟して受け入れるしかない。なんだかなあと歎いても始まらない。自分だって、以前は足げく通っていたが、最近はとんとご無沙汰だった。正直言って、いつのまにか、大型書店が好奇心を満たす、ワクワク感のある場所では無くなっていた。本当に心というものは素直で、我ながらどうしようもない。

 せっかく行ったのに、収穫無しで、いや、それどころか、意にそわない本を衝動買いしたせいか、久しぶりに不機嫌になった。家に帰って、どうでもいいかと思ったが、図書館のサイトで検索してみた。新聞に載っていたお勧め本がほとんどあることを知って、仰天した。もちろん、大半の本は貸出中で、すぐに借りられる本は岡本啓さんの『ノックがあった』くらいで、この本は詩集なので人気がないだけなのだと納得した。それでも書評家に取り上げられるだけあって、何かの賞を受賞していることだけは確かだ。書評家の豊崎由美さんと杉江松恋さんが選んだお勧め本はマスコミには取り上げられないだけで、ほとんどが何かの栄えある賞を受賞している。例えば、林芙美子文学賞とか野間文芸賞といったような。

 要するに、図書館はそんな文学的価値がある本が好きなのだと私は理解した。一方の大型書店は、芥川賞直木賞ノーベル文学賞などのマスコミがスポットライトを浴びせる本を置きたい,つまり売りたいのだ。昔は決してそんな傾向はなかったはずなのだが、昨今の書店離れに抗うためには売れることが何よりも優先されるのだろう。こうなると、余計につまらない。自然と書店に向かう足が遠ざかるのは止められない。だが、こんな勝手な言い分を、「どの口が言ってるのか」と非難されても、返す言葉が無いのが本音だ。「そんな書店に誰がした?」と問われたら、何を隠そう書店を見放した自分に非があるのは明かだからだ。

 これからは、なにか本を探そうとしたら、大型書店ではなく、図書館サイトを検索したほうがコスパが良くなりそうだ。たとえ、本を買う気満々でも、書店に無い物は手に入らない。ああ、忘れていた、ネットで購入するという手もあるが、その場合は「送料無料」というわけにはいかず、宅急便のようにそれなりの金額を支払わなければならない。以前一度、気軽にネットで購入しようとしたことがあるが、支払いの段階で「冗談じゃない!」となって敢得なく断念した。それにネットでは本の中身をペラペラ捲って見ることもできない。その感覚は生地の感じを自分の目で確かめることなしに、洋服を買うことに似ている気がする。なんだかよさそうなだけでは、実に心もとなく、失敗に繋がる可能性が高い。

 今回、私の大型書店に対して抱いていたイメージは180度変わったが、そのなんとも寂しい変化を受け入れようと思う。変化は大嫌いだが、変化がないとたちまち停滞して、倦んでしまうことも確かだ。これから、あの大型書店はいったいどうなってしまうのか、それを思うと心が痛む。

  変化と言えば、大型書店の隣りにあるスタバの店も以前とは違っていた。本当に久しぶりに店に入ったのだが、まずはテーブル席に座わろうとしたら、あれ、椅子の背もたれがない。それに椅子の木の材質が硬くて、座ると落ち着かない。そりゃあ、前から木の椅子だったが、それにしても座り心地が悪すぎる。これでは、長居はできそうにないなあ、とそう思った瞬間、そうか、これも店側の戦略なのだと気が付いた。

mikonacolon




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