
「有るもので」は、アルモンデ!
昨日、朝日新聞の「あけくれ」に載っていた投稿に、思わず膝を打った。なぜなら、その投稿主は私と全く同じ反応をしていたからだ。たしか、以前に「うちはいつもアルモンデです」という内容で投稿した方がいて、私はてっきりアルモンデは珍しい料理の名前だとばかリ勘違いした。だが、よくよくその投稿を最後まで読んでみて、爆笑した。なあ~んだ、アルモンデは料理の名前ではなく、家に有るもので済ますの意味のアルモンデだったのだ。昨日投稿した方は、その方と同年齢で、そんなことなら私も毎日アルモンデを実行していますとのこと。年金暮らしになってから、アルモンデ生活に一層拍車がかかり、利用できるものなら、隙あらば拾ったもので利用しようと常日ごろから励んでいるという筋金入りの節約派の方である。
その方の暮らしぶりを窺うと、何と炒めものの汁までもご飯にまぶして、残さず食べているとのこと。要するに、ゴミを出したくないとの考えから、全てお腹の中に入れてしまおうという主義なのだ。私も野菜はできるだけごみにしたくないので、大根やニンジンなどは皮ごと食べるようにはしているが、キャベツはどうしてもそれができない。外側にある固い葉の部分と芯はなんとかして食べようと奮闘したこともあるが、やはり私には無理だった。なので、キャベツを買うと大容量のごみが発生してしまう。昨日も焼きそばに使うキャベツをスーパーで買おうとしたが、当然のように1個手に取ってかごに入れようとして、ふと思った。どう考えてみても、丸ごと1個は使い切れた試しがなかった。それなら、ゴミにするくらいなら、隣に置いてある半分のキャベツでいいのではないか、いくら1個買う方がお徳だからと言って、ゴミも一緒に買うことに違和感を覚えた。
それから、この投稿主はのえらいところは「古タオルを小さく切った布で、油まみれの食器を拭き取り、ごみの減量、水質の保全に貢献しているかもと思います」と書いていることだ。なるほど、私は油汚れは毎回熱湯で流していたが、あれって排水を汚していたに過ぎない行為だった。使い古しのティシュで拭き取ることもあるが、正直たいして綺麗にならないから、ついついお湯を使うという暴挙に出てしまう。そうか、今までも皆が口を酸っぱくするくらい提案していた古布で油汚れを拭き取れば下水が汚れるのを防げるのだ。それに使い古してどうにもならないタオルはどんどん溜まっていくばかりで、いつか使おうと思っている側から、そのその存在を忘れていくという体たらく。
昨日の投稿主さんのおかげで、エコ意識はあるのに、肝心の実践ができなかった私もようやく目が覚めた。そうだ、すぐに古タオルを小さく切って台所の流しの下にでもおいて置けば、いざという時に使いやすい。昔、テレビ番組でオーストラリアにホームステイした人の生活を紹介していたが、食器の洗い方がまさに衝撃的だった。あちらでは水は貴重なものと見えて、できるだけ水をだだくさにしない生活を心がけていた。食事が終わると、汚れた食器をすべて洗剤の入ったアワアワしている容器の中に入れた後、底から取り出して、なんと紙ナプキンで拭くだけだった。一滴の水も使わず、皿洗いは終了した。日本人の私などは、正直言って、「水ですすがなくて、本当に大丈夫?」と卒倒しそうになるくらいなのに、向こうの人はそれで平然としていた。いやはや、それほど水が大切なものだということがイマイチぴんと来なかった。まさに”郷に入らば郷に従え”である。
さらに、驚いたのは、私などはさっさと捨ててしまうレシートをメモ代わりに使っているとのこと。確かに、あの小ささだから,ちょっとしたメモには最適だが、どうしたって積極的には使いづらかった。それでも、ある時、なにかをメモしようとしたとき、適当な紙が何もなかったので、ついつい使ってしまったこともあった。
アルモンデ生活は工夫を凝らせば、ゲーム感覚で楽しそうだが、ちょっと待って欲しい。結局は家に有るもので済ますには、家に蓄えてあるものと料理の才能がなければならないのである。となると、毎日献立に悩んでいる私などには恐れ多い。
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