さっぱり、よくならない
今朝の私はすこぶる機嫌が悪い。布団から出る時も、もっと寝たいのにと駄々をこねている子供のように往生際が悪かった。できることなら、もう永遠に起き上がりたくない、そんな最悪の気分だった。そりゃあ、いつも、「また今日もこの足か」と嘆いてはいるが、お目出たいことにそんなに絶望しているわけでもなかった。それなのに、今日はどうして最低最悪の気分かというと、ズバリ、4月になったからだ。なぜ4月になったのがそんなに問題かというと、それは今月ではやくも3か月目に入るからだ。そう、左膝の関節の中の骨を骨折して、信じられないことに3月17日で3か月経ってしまうからだ。
最初、整形外科の先生に、「全治3か月です」と言われたとき、ざっと数えて、4月になれば、元通り?になると疑わなかった。だが、私の今の左足の状態を考えると、どう見ても、完治するような兆しは一切ない。それどころか、滅多に腫れたことのない静脈瘤がバキバキに腫れて、触っただけで痛い。サポーターを2カ月以上してきた代償がこれなのか、どうかはわからないが、サポーターはおはらい箱にした。膝関節の痛みなのか、それとも静脈瘤の痛みなのか、たぶん両方の痛みが一気に押し寄せてくるのかもしれないが、とにかくじっとしていても痛い。これは一体全体、どうなっているのか、4月になれば、何とかなるだろうという希望的観測はあっけなく雲散霧消した。そのどうしようもなく落胆した気持ちを表に出すことなどできるわけもない。おそらく先生の言う全治3か月というのはいわゆる理想の数字なのだろう。そう思って、自分で自分を慰めるしかない。4月になれば、すべて解決するなんて言うのは甘い考えだった。
先日、看護師さんに言われた。「でも、前と比べると、だいぶ足が上がるようになったわね」。「そうですね。それだけがせめてもの救いです」と返すのが精いっぱいの私。週3回通って、先生に関節液を穿刺してもらっているのだが、関節液の数値の成績がすこぶる悪い。そろそろ数値が減らなければならない段階なのに、ちっとも減ってはいかない。その度に「あまり歩き回らないようにしてください」と口を酸っぱくして言われるが、当の私は困惑するばかりだ。そもそも歩き回れるような足か?と自問自答し、まともに歩くことなどできないのにと憂鬱になる。毎回、テストの成績が悪く、努力が足りない生徒のような気分にさせられる。先生も半ばあきらめ気味で、どう言葉をかけていいか困っている様子。
「4月になれば・・・」は希望の光のようなものだったが、今まさにその時が来たのに、目の前にある風景は私が期待したものとは雲泥の差があった。なので、私は今とても、気分が悪い。実を言うと、今日のブログには図書館で借りて読んで、雷に打たれたような衝撃を受けた小説の感想を書こうと決めていた。だが、どうしてもその気になれなくて、今の自分の心の叫びを書くことにした。もはや、心の中の鬱蒼としているものをすべて吐き出さずにはこの先生きていけないような気がしたからだ。ブログに愚痴をダラダラと書いたところで何も解決しないことはわかっている。私にできることは、そう焦って結果を追い求めることはやめて、現実を受け入れることに尽きる。はっきりとわかってはいても、言うは易く行うは難しだ。やはり、4月という目標が、いや、ささやかな希望が、無残にも打ち砕かれたことが、私を不幸のどん底に突き落とした。いくら呆れるほどの楽天主義者の私でも、今の状態から抜け出すのは難しい。そう思わざるを得ない。
それはともかく、幸運だと思わざるを得ないのは、整形外科が家から歩いて15分で行けることだ。想像するのも恐ろしいが、これが家から遠かったら、歩くことなど不可能だから、タクシーを利用するしかないのだから。
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