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毎日の買い物が辛い

牛乳のパックが重くてかごに入れるのを躊躇する?

 新しい病院の先生から、膝のコルセットを勧められ、3か月ぶりに動けるようになった。これまでは買い物はネットスーパーに頼り切りだったが、これからは自分で何でも買いに行けると喜んだ。もちろん、お米やビールなどの重いものは今まで通り宅配してもらうことにする。3か月もの安静生活を強いられていたので、歩く練習をしなければと歩いて15分のスーパーに毎日通うことにした。足が悪くなる前にやっていたように、店に置いてあるカゴを手に取り、店内を歩き回って、欲しい商品をかごに入れて行った。だが、急にかごが重く感じた。かごの中を見ると、まだ3分の1程度しか物が入っていないのに、これはいったいどうしたのだろう、と途方に暮れる。以前の私で言えば、かごが満杯で重くて堪らないと言った状況である。なんとも情けくて、愕然とする。そうやって、やっと気が付いた、現在の私には体力がないのだと。

 要するに、1月から4月までの3か月の間に私が失ったのは大切な時間だけではなく、日常生活を送るための体力も知らず知らずのうちに失っていたのだ。考えてみれば、すぐにわかることだった。人は動かなければ使わない機能は自ずと失われるのだ。牛乳1パックごときが重いだなんてこと感じる日が来るだなんてことは予想もしなかった。絶対認めたくない事実だが、まさに本当のことなのだから、どうしようもない。ネットスーパーでの買い物(クレジットカードでの支払い)はできるだけ制限しようと思っていたが、大根やキャベツ、サラダ油、麺つゆ、醤油等の馬鹿に出来ない重さのものはネットで買うことにした。

 私がスーパーで買えるものは、本当に軽いものに限られるようになった。 元の体力を取り戻せるまで、いつになるかはわからないが、当分はこの生活が続くのだろう。最近読んだ新聞の記事に、「年を取ると、持てるのは白菜1個が限度」と書いてあったが、それを読んだ時の私は「ええー!?嘘でしょう?」と訝しく思った。だが、今牛乳パック1個買うのに躊躇してしまう自分を見ていると納得せざるを得ない。今の私は何もかも重く感じてしまって、本来の感覚が取り戻せないで狼狽えるしかない。こんな情けない体たらくの自分を思うと、不安でたまらない。それでも、3か月もの間安静生活を強いられたのだから、無理もないと自分で自分を慰めるしかないだろう。

 コルセットで動ける自由を得て、毎日歩く生活になってから、2週間が過ぎた。無理もないが、突然歩き始めたのだから、足がびっくりして悲鳴を上げている。たかが15分ほどの距離であっても、足には相当な負担なのだろう、また関節液が溜まり始めた。だが、もう関節液の量に敏感になる必要はなさそうだ。これからの目標は普通に歩ける足になることだ。生きていく上で、自分の足で歩けないことには楽しくないし、自由な生活を手に入れることもできない。だから、私は”痛くても歩く”を実践することにした。なぜ、こんなにも関節液の量に拘るのかというと、最初に行った整形外科の先生に、「水が溜まっていると、骨がくっ付かない」と言われたことが頭の中にこびり付いて離れないからだ。今の病院の先生には、「そんなに焦る必要ないですよ。このままでいいですよ」と言われるも、やはり不安は消えない。

 歩く練習を毎日していて、昨日気付いたことがある。それは足が痛いながらも、結構歩けるということで、しかもたいして辛くもないということ。歩き出した時は確かに歩きにくいが、そのうちその違和感に慣れると、あまり気にならなくなる。私はどうしても、何としてでも、自分の足で歩きたい。今の私に何ができることはないだろうか、と考えたとき、先生に水中ウォーキングを勧められたことを思いだした。いや、思いだしたのではない、ちゃんと水着の用意もしてあった。後は私の足次第で、ようやくプールに通う準備が整った。

mikonacolon

 




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