
誰も知り合いには合わなかったが、それでも
昨日は午前中に歯医者の予約があったので、プールに行くのが1時間遅くなった。歯医者は9時半の予約だったが、10分前に行ったら、なんと9時半に終ってしまった。右下の前歯の横の歯の差し歯を作ったのだが、はめて試してみたら、なんと一発で上手く行った。これには驚かずにはいられない、なぜなら、以前通っていた歯医者では歯のかみ合わせの調整に時間がかかっていたからだ。それなのに、今の歯医者の先生は恐ろしく早く済ませてしまう。それで問題がないかと言ったら、本当に大丈夫なので、最初の頃は唖然とした。今ではそんなものかと徐々に慣れて来たところだ。
以前のブログで、足のケガが原因で通えなくなって、以前の歯医者と決別することになった経緯を書いた。20年も付き合った歯医者だったが、行かなくなっても、たいして感慨はなかった。寂しいとか、懐かしいとか、そんな人の感情というものが存在しない関係だったのかもしれないと今なら思う。考えてみると、以前の先生はおしゃべりでとりとめのない世間話を良くしたものだが、肝心の治療は間が抜けていた。他の患者さんはともかく、私に対しては不誠実だったと断言できる。
そもそも、診察室の先生と患者さんの会話が待合室に筒抜けなのが、今ならありえないと思えるが、当時の私はそれが当たり前だと思っていた。そこの歯医者は診察室と待合室との間のドアがなかった。それに診察室に2台の診察台があって、カーテンでしきられてはいるものの、会話は自然と耳に入ってきた。なので、先生が他の患者さんとかわしている会話がどうやら自分とはちがうものだと薄々わかってきてしまうのだ。この先生は人によって言うことを変えるのかという猜疑心さえ湧いてきた。歯磨き指導にしても、最近歯が黄色くなってきたのが気になると嘆いても、「それは仕方のない事でしょう」とスルーされて終わりだった、少なくとも私の場合は。それに20年来通っていて、診察台はずうっと変わらないままなのも、今となっては違和感を感じざるを得ない。診療のない日は大学で指導していると言うあの先生は腕がいいと評判だったが、果たして本当にそうだったのか、今ではわからないままだ。それに、もうどうでもいいことだ。
いやはやどうでもいいことに気を取られて、脱線してしまった。昨日、歯医者で治療を終えた私は、そのままプールに直行しようと思っていた。こう書くと足の調子がいいのかと誤解されるかも知れないが、そんなことは断じてない。歩くとジンジン痺れて、痛みが襲って来るにもかかわらず、気持ちの赴くままにプールへと急いで歩く。30分ほどで、やっとこさプールのある市民スポーツセンターに着いた。足は痛いが、プールにはいれば、何とかなるだろうという期待感だけが私を突き動かす。更衣室に行くと、いつもの人たちが帰った後でもぬけの殻、ガランとしている。プールサイドに行くと、なんとあまりの人の少なさに仰天した。私のお気に入りのウォーキングコースを見ると、人ひとりいない。こんな光景は寂しいのを通り越して、まさに快感!というしかない。プールに入ると、まるで温泉のように暖かく、水の中を歩くとたちまち陶酔感に襲われた。以前は痛い方の左足はすぐに痛みが消えたのに、最近ではなかなか痛みが消えてくれない。それでも、地上を歩くよりははるかにスイスイ歩けるので楽しくて堪らない。こんな気持ちのいいことがこの世の中にあったなんて、今まで無駄に生きてきて、ついぞ知らなかった。それに、私に水中ウォーキングを勧めてくれた病院の先生さえもそんなことはひとことも言ってはくれなかった。もしかしたら、先生自身は水中ウォーキングをしたことがないのかもと余計なことを考えたりした。
mikonacolon