
いとうせいこうさんのコラムに仰天
中日新聞の夕刊に月に一度載っているいとうせいこうさんのコラム『日々是植物』を読んで仰天した。なんと、いとうさんは”AI鉢”なるものを買ってしまったのだと言う。それも「どうしてそれを買いたいと思ったのか忘れてしまった」と書いている。こうなると、読者としては、訳が分からなくて困惑するばかりだ。そもそもAI鉢とは何ぞやという疑問については、「湯呑くらいのサイズのプランターなのだが、前面にモニターがはめ込まれていて、それが中に入れた植物の状態をデジタル文字でキャラクター化するのである」と説明している。そのAI鉢が結構なお値段で、1万3千円ほどするそうだ。モニターには絵文字で、「暗い」だの、「喉が渇いた」だの「暑い」だのと感情が表示される。極めつけは「寂しい」という訳の分からない絵文字で、いとうさんもこれにはどうしていいのか困り果てている。絵文字でしか、感情を表現してくれないので、なんとかしてあげたいのはやまやまだが、どう対応していいのかわからない。
いやはや、先日はイラストレーターの益田ミリさんが、AIペットのモフリンを買ったというエッセイを読み、昨日はいとうせいこうさんがAI鉢なるものを買ったコラムを読んだ。いとうさんは、自宅のベランダにプランターでいろいろな植物を育てていて、その様子をコラムに書いている。それが結構面白かったのだが、昨日は生きている植物ではなくて、AI鉢の話だったので、正直驚いてしまった。それでも、いとうさんは私から見ると、AI鉢との交流を楽しんでいるようで、困惑しながらもまんざらでもないようだ。それにしても、AIは植木というか、植物にまで領域を伸ばし、存在価値を高めている。なんだか、ゲーム感覚で何でも楽しんでしまおうという、新し物好きには堪らない娯楽というか、おもちゃのような存在になってしまうのか。いとうさんも好奇心に駆られて、ついついAI鉢を購入してしまったのだろうか、もっともそれなりにちゃんとした理由があったのだろうが。ともかく、いとうさんがコラムにAI鉢のことを書いてくれたおかげで、私はこの世の中にそんなものがあることを知ることができた。自分ではAI鉢なんて買おうなどとは絶対思わないが、どんなものなのか、チラッとでも見てみたい程度の好奇心は持ち合わせている。何の変哲もない日常生活に新しい風を、変化を求めるのは自然なことだ。それで、モフリンとか、AI鉢とかを買ってみたら、きっと何らかの変化が起きるだろうと期待するのは当然のことだ。AI鉢のことは実際に見てもいないので、感想は書けない。どこで売っているかはわからないが、まさかビッグカメラで売っているわけもないか。ああ、そうだ、いとうさんは「ネットには鉢を持ち上げたり、葉を撫でたりすると、その変化をAIが察知して、モニターの表情を変える」と書いてあると言っている。そうか、AI鉢はネットで買うのか、益田ミリさんもモフリンをネットで買ったのだろうか。もっともあれは59800円もするのだが。
これからどんどんAI仕様の商品が発売されるのだろうが、全て皆、人を楽しませたり、癒してくれたり、孤独を紛らわせてくれたりと大いに活躍することは間違いない。それらはすべて、「こんなのあったらなあ」という人の願望をくすぐるものなのかもしれない。でも、最初は物珍しくて夢中になることは間違いないが、人によっては早々に飽きてしまって、見向きもしなくなるそうだ。モフリンなどのアンケートでは、ずっと変わらずいる人と、早急に飽きてしまった人は5分5分の割合いだった。いつかは飽きるとわかっていても、欲しくて買ってしまう、それが人と言うものなのか。
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