
混じり合うことがないユキエさんと私
以前のブログで書いた私の右足の付け根に出来たできものは、3日経ってみると、だいぶ硬さが取れて来た。皮膚科の先生に抗生剤を処方してもらったものの、果たしてこれでうんでいる部分が治るのだろうかと半信半疑だった。だが、触った感じはさすがにまだコロコロとはしているが、だいぶ柔らかくなった気がする。自分の目でどうなっているのか確かめたいが、場所が場所だけにそれはできない。触って確めるしか術がないのが、もどかしい。それでも、チクッとした痛みはもうないので、良くなっているのは確かだ。
私は最初は外科を受診しようかと思っていた。いつもは誰にも相談せずに自分で判断して決めてしまうのだが、あの時はちょうどプールでユキエさんに出会った。それで、これ幸いと世間話程度のつもりで聞いてみた。「この症状って、やはり外科ですよね」と尋ねると、ユキエさんからは意外な答えが帰って来た。「それって、皮膚科じゃない。外科とは違うと思う」と一刀両断されてしまった。今にして思うと、ユキエさんの判断は正しかった。よく話を聞いてみると、ユキエさんはイボとかができやすい体質で、あちこちの皮膚科に通っていて、どこかがいいかちゃんと知っていた。自分に合ったお気に入りの皮膚科もいくつかあって、とても詳しかった。
こう書くとユキエさんと私がとても親しいように誤解されそうになるが、本当はそうではない。プールで偶然会って少し話しただけで、自分とは水と油なのだとすぐにわかった。ユキエさんと私の間に共通の話題などなくて、この先どう転ぼうが二人が交わることなどなさそうだ。ユキエさんは、私がイラストレーターの益田ミリさんや元朝日新聞記者の稲垣えみ子さんのことを話しても、さっぱり興味を示さない。本当に知らないみたいなのだ。一方の私は、今ユキエさんが夢中になっている健康レシピのアスケンとか言うもののことを持ち出されても、聞いたこともないので、さっぱりわからない。それについて、詳しく聞こうとも思わないのだ。それに、今ユキエさんが絶賛しているAIについても、私は懐疑的でAIになんでも頼るのは危険だとしか思えない。「凄いんですよ、AIは。読んだらそれなりに時間がかかる文章だって、AIはたちまち要約してくれるのですから」とまさにAIの能力を信奉しているかのような言い方に危うさを感じざるを得ない。そうなのだ、AIを重宝するあまり、AIの奴隷であるかのような言い方に物凄く違和感を感じてしまうのだ。それで、ついつい話題の矛先を変えようと、益田ミリさんや朝日新聞の記者さんが愛用しているAIペットのモフリンのことを話した。AI関連のことなら、少しは知っているかと思ったら、「それって何ですか」と質問された。
AIに何でも相談するほど大すきなら、さぞかしAIペットは気に入るのではないかと思ったが、それとこれとは違うらしい。どうやらユキエさんには必要ないらしい。懲りることなく私は、いとうせいこうさんが東京新聞のエッセイ「日々是植物」で話題にしていたAI鉢についても言及した。普通の植木鉢にモニターが付いていて、「ちょっと暑い」だの「喉が渇いた」だのと文字が出て、飼い主をやきもきさせる代物だ。要するに、四六時中植物のご機嫌を取らなければならないのである。ある意味では暇つぶし、あるいは気に掛けるべき可愛いペットとでも言えるのかもしれない。仕方がない、それがよくて、購入したのは飼い主なのだから。そんな話をすると、ユキエさんは「うちにも生きている鉢植えがいるけど、私はAI鉢よりそっちの方が良いわ」と笑って答えた。ユキエさんが日々愛用しているAIとは根本的に違うかもしれないが、モフリンもAI鉢もあながち関係がないとは言い切れないものだ。
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