またもやそう言うことかと、頭を抱える
5月の声を聞いた途端,なんだかそわそわしてきた。なぜかと言うと、海外旅行に行くなら、行くつもりなら、そろそろ始めましょう、のタイミングだからだ。思えば、少し前までは、昨年の旅で散々な目に遭ったおかげで、もうこの辺で終わりにしたいと思っていた。わざわざお金をかけて、何も好き好んでトラブルに巻き込まれに行かなくてもいいのではと心底思っていた。それより、日常を楽しんでおとなしく、ひっそりと暮らす方がどれだけいいかわからない。例えば、公立図書館のネット予約を利用すれば、新刊であろうがなかろうが、どんな本でも無料で読める。お金をかけなくても、私服の時は簡単に手に入れることができる。それにドラマだって、テレビで楽しめるからお金は要らない。そんな身の丈に合った娯楽を楽しんで暮らすことに何の不足があるのだろうか、もっともな意見である。
だが、もはや行きたい場所がなくなってしまって初めて分かったことがある。それは日常生活において、私の頭と心は常にもやもやしていて、まさに霧の中にたたずんでいるようなものだということ。霧が晴れることはなく、自分ではどうしようもないことや、容易に答えが見つからない課題、将来の不安などもろもろで押しつぶされてしまいそうだった。それらにたいしての有効な対処法はただ一つ、なにかに熱中して気をそらすことだった。最近気づいたのだが、私は海外旅行に出かけると、たちまち日常のモヤモヤから解放されるようだ。女優の常盤貴子さんも仰っていたが、離陸は「地上に厄介事をすべて置いてくる感覚」で、リフレッシュできる最高の手段なのだ。
考えてみると、旅行している時の私は自信に満ち溢れていて、「何とかなる」の一点張りで不安など一切ない別人になる。それはなぜかと考えてみると、それは一点に集中しているからで、一切日常の余計なことは考えないからだ。自分で立てた旅行の計画に従って、与えられたミッションでもあるかのように、それをやり遂げることだけに集中するからだ。他のことなど入り込む隙間などない状態はある意味豊かで濃密な時間が流れている。美術館で名画を眺めている時、「あれ、私は今どこにいるんだっけ?」とふと思う瞬間はまさに至福の時だ。完全に今生きている世の中と決別して、別のところにいるなあと思える体験など滅多にできるものではない。
そう言う意味で、飛行機は私にとって、無限空間へ連れて行ってくれるタイムマシンだ。現実問題として、今行きたいところが無いのに一体どこへ行けばいいのだろう。どこでもいいと言うわけにも行かない。それで私は消去法で考えることにした。ロシアはもちろん駄目で、フランス、スペインには愛想が尽き、中南米は危険すぎてハードルが高すぎる。となると、昔行ったことがあるウィーンか、あるいは行こうとして断念したことがあるポーランドのアウシュビッツが頭の中に浮かんだ。早速大型書店に行って、ガイドブックを捜すが、ウィーンの最新版は見つかったが、ポーランドはない。いや、そうではなくて、「中欧」というひとまとめにして何か国もの国が載っているものがあるだけだった。それも19~20年度版の古いもので、ペラペラめくって見てみると、肝心の街の地図が載っていないので、あまり役に立ちそうない。
家に帰って、地球の歩き方のサイトを見てみると、ポーランドの最新版は電子辞書のみで紙のバージョンは無いというか、在庫がないようだ。価格は1100円で紙の書籍よりは安いがダウンロードする必要があるし、地図などは印刷して使わなければならない。当然情報量が膨大なため、「スマホではWi-Fiが必要です」と但し書きが付いている。う~ん、どうしようかと迷ってしまう。とりあえず一旦は保留にして、ポーランド政府観光局に資料請求をすることにした。こちらはレターパックライトに住所と氏名、電話番号等を記入して、封筒に入れて請求すると、観光資料を送ってくれるという。いずれにせよ、確かな情報が手に入らなければ、何も始められない。最後の手段は電子書籍しかないのかとも思うが、できれば紙の方がいいと、変化が苦手でアナログ人間の私などは思ってしまうのだ。
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