昨年11月末の土日から12月の最終レース27,28日(ついに有馬記念!)、そして年始の京都金杯にかけて、毎週連続競馬場に出勤した。もちろんその間も平日はデザインの仕事をしているわけで、先月は丸一日休んだのは3日間だけだった。こんなスケジュールなので、クリスマスもお正月も大したご飯は作るつもりはなかったのだが、気がつけばクリスマスにはチキンを焼き、手を抜くために作ったビーフシチューを翌日はポットパイにし、同じ生地でアップルパイもこしらえた。また、正月は結婚してから正月用に毎年作っているのが、炒り鶏と鱠、きんとん。これだけはどんなに忙しくても結局作ってしまった。毎年今年はもう作らないぞ!とか思ってるのに夫と娘が「アレ食べたい。今年も楽しみやな」とかクリスマスを過ぎた辺りから言い始めて、なんやかんや私も準備してしまう。家族の新年にとっての欠かせない味、そういう、献立を越えたひとつの概念というかこの家の「恒例」を確立してしまったことが、面倒でもあり、幸せでもあると思った。今年も、そしてこの先の年末も、面倒だとぶつぶつ言いながら私はまた同じものを作っているんだろう。
では普段の夕飯はどうかというと野菜を多く使う献立中心。まず、鶏胸肉を煮込んで火を通す。煮汁は捨てずにトマトジュースと合わせてスープに。茹でた鶏肉は繊維に沿って裂いてレタスなどと和える。ドレッシングはマスタードとはちみつ、絞った生レモンなどを使った手作り。あとは最近は人参のローストにハマっている。これもマスタード系の味付けで、人参をグリルで焼くだけなのにとても美味しい。あとは正月の鱠を再利用し、生ハムなどを混ぜてアレンジしたり。
ともかく、12月は慌ただしかった。
とてもしんどい出来事もあった。
私の中ではその人のことを思って発した言葉で「マウントをとるな」と怒られた。確かに言われてみるとそのように受け取られても仕方ないことを私はしたのだ。
今まで自分という人間は思慮深く、他人の気持ちを考えて動いてると思っていたけれどそうではなかった。良い人ぶるな、とも言われたし、それもその通りだった。それらの出来事から、昨年私はフェイスブックとツイッター、色々なアカウントを消した。自分の名を冠して今後何か発信するのは憚られると思った。今のところアカウント2つは残しているが、これももう消えても良いかなと思っている。
子供の頃、風船に手紙をつけて飛ばしたり、ボトルレターを海に流したことがある。どこかの見知らぬ誰かと繋がる、届くのかもわからないけれど…それがとても不思議でワクワクすることのように思えた。今もエックスでとりとめのないポストをする時の気持ちは、あの時、空に赤い風船を放った時のそれに似ていると思う。そして時々嬉しい言葉を返して貰えたとき、見知らぬ誰かに私の想いを込めた小瓶が届いていたことを確認出来たみたいで、幸せな気持ちになる。
特にオープンにしているアカウントのほうは、消そうと思ったタイミングで、商品を購入してくださったかたからのメッセージが不意に届いたりするので、そのメッセージや引用ポストにどれほど救われているか…というのもあり、消さずに踏みとどまっている。
また、先述したアカウントを消したからと言ってひどく落ち込んでいるとかそういうことはなく、むしろ清々しい気持ちだし、書きたいことがあればここに書けばいい。空に放つ風船も飛ばしすぎたらゴミになる。
それに、会ったこともない画面の向こうの人間の顔色や反応を気にして言葉を書くようになってしまったら、もうそれはオシマイな気がする。
11月再会した友人にも話したのだけど、昔の私は料理だけでなく編み物や刺繍など、時間がいくらあっても足りないぐらいやりたいことで溢れていた。
自分と世界を繋ぐ要素が沢山あった。
けれどいつのまにかそれらを手離し「他人からの承認」だけにのめり込んでいった。他の人間からの評価や、権威のある賞をとったとかそんな後ろ楯がなければ、自分の心の穴を埋められなくなっていた。
それは、誰かが救い出してくれるというものでもなく、自分で気が付かないと抜け出すことの出来ない闇の中だった。
そこから這い出たのは自分が努力したからとかそんな立派なものではなく、あまりにも苦しかったから、ただそれだけである。
人からの評価のみに縋って生きるのは、私にはキツすぎた、無理、ただそれだけ。良いとか悪いではなく、もうこんなのやってられない、と思ったのだ。賢くスマートに生きられるようになったわけではない。瀕死で、ボロボロになって、尻尾を巻いて逃げてきた。
ただ本業がデザイナーであり、自分の作ったものを評価されて生活費を稼いでいる以上、やはり私は他人からの好意的な反応に関してはとても嬉しいと思ってしまう。それは間違ってはいないと思うし、実際私の作ったものを喜んでくれる人はいる。今まで何度「ありがとう」と言っていただけたことだろう。そのことは本当に幸せやと思うし、そこへの矜持は捨てず、同時に、他者からの評価に依存しないことは、両立するのである。

それにしても有馬記念のレーシングプログラム、かっこよかったな。レーシングプログラム、通称レープロ、出走表。これ普段はモノクロなんです。で、競馬場開催期間(※開催期間というのは競馬場で馬が走ってる期間です。競馬場って年がら年中馬が居るわけではないんですな~私も働いて初めて知りました)はレープロの表紙はカラーになるんですが、有馬記念は更に特別なデザインになるのです。かっこいい。紅白歌合戦の、玉置浩二ファンファーレも非常に良かった。リズムがね、馬が走ってる時のそれみたいで。あと何よりファンファーレってタイトルがもう「わかってるなあ」と思った。私も競馬場の何が好きって、ファンファーレなんです。
JRA公式の有馬記念動画も素晴らしかったし、別の機会に従業員から見た有馬記念についても書こうと思っています。
有馬記念といえば、昨年は競馬好きの友人が入院し、彼とは一緒にジュベナイルフィリーズを観戦したりしたこともあり、私が阪神で働くことになったときも真っ先に報告したりしたんやけど、病気になった人にはどんな言葉をかけたら良いのかわからなくて…。それで、年末はお手紙と有馬記念のレープロを送ったりしました。ちなみに彼の有馬の戦績は、3連複的中とのことで、見事すぎる。あの3連複当てたのは凄すぎるでしょう、幸先が良い。きっと術後の回復も、うまくいくはずだと信じています。後半私信になっちゃった。