2020年7月4日の未明~朝にかけて起きた熊本県南部・球磨川流域を中心とする集中豪雨によって、人吉市をはじめとする各地で洪水・土砂災害に見舞われました。これによって数多くの人命が失われると共に、住居や店舗が濁流に呑まれて長年積み上げられてこられた財産が一瞬で奪われてしまいました。道路や鉄道も分断されています。被災された方々を思うとただただ心痛むばかりです。
また今回被災した地域は旧くからの貴重な文化遺産も数多く遺されていたところです。そういう意味でもまた胸が潰される思いでした。球磨川が流れる地域にはまだ一度も行ったことがなかったのですが、JR九州の肥薩線に乗って清流を眺める旅をしてみたかったものです。球磨川第一橋梁が流されてしまったことも非常に辛いことであります。
今回書く記事は被災地の当事者の方にとって、神経を逆なでするようなもので、非情かつ冷酷なものになるかも知れません。外野席の人間が何をいうのかと思われることでしょう。その点はあらかじめご承知願います。
球磨川は非常に水の流速が高く「暴れ川」と呼ばれ、その流域では何度も洪水に見舞われてきています。とくにひどかったのが昭和38~40年にかけて3年連続で発生した集中豪雨で、このときこの川の上流に設置されていた市房ダムは洪水調節機能を失って但し書き操作(緊急放流)を行わざる得ませんでした。流域に住む人は市房ダムの緊急放流で余計洪水被害が酷くなってしまったと捉えている人がいます。
そして昭和41年、球磨川支流の川辺川沿いにある球磨郡相良村と五木村の境に巨大なアーチ型の川辺川ダムを建設する計画を建設省(現在国土交通省)が打ち出します。ところが水没する五木村や建設予定地の相良村だけではなく、人吉市や他のダム受益地といわれる町村に至るまで根強いダム建設反対運動が沸き起こりました。計画策定から数十年経っても一向に本体着工できないダム事業の代名詞として「東の八ッ場、西の川辺川」と関係者の間でささやかれ続けます。
人吉市と相良村だけではなく熊本県の知事も、根強いダム反対の世論に圧され脱ダムへと傾倒していきます。2008年に県知事選に出馬し圧倒的な勝利で初当選した現熊本県知事の蒲島郁夫氏は当初ダム建設中立派の態度をとっていたものの、同年9月11日に「ダムによらない治水」という方針を県議会で打ち出しました。当時の県民の8割以上が蒲島知事の表明に賛同しています。そして民主党は「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げマニフェストに「八ッ場ダムと川辺川ダムの建設中止」を盛り込んで2009年の衆議院選挙に臨みます。この選挙で民主党が圧勝して自民党から政権を奪いました。鳩山政権で国土交通大臣に就任した前原誠司氏は八ッ場ダムと川辺川ダムの建設中止を決定します。そうした国政の動きが後押しする形で熊本県は脱ダム型の治水対策を模索しはじめ、荒瀬ダムの撤去工事も行いました。
しかしながら熊本県はダムに代わる治水対策案をなかなかまとめられずに10年以上過ごします。ダム以外の治水対策として熊本県は1いくつか案を出したとのことですが、蒲島知事自身が発言したようにそれには今後ダムに投ずる建設費を上回る多額の資金を投じなければできないことだったのです。ダム無し治水策の例をあげますと
1 遊水池 1兆2000億円
2 放水路 8200億円
3 引堤 8100億円
4 堤防嵩上げ 2800億円
となります。
しかかも工期が恐ろしく長く45年~200年もかかると算出されています。ケインズが「人は長期的には皆死ぬ」という言葉を遺していますが、これではいまを生きる人にとって何の意味もありません。工事が完工するまでの間に再び今回と同レベルの水害が何度も発生する危険性があります。その間に地域の衰退や人口流出が進み、巨額を投じながら何の意味もない無駄な公共事業で終わることも考えられます。
川辺川ダムでサンクコスト論を使うと残事業1200億円で5000億円程度のメリットとなり、中止は明らかな間違い。ダムによらない他事業(2800億円以上)とのコスパ差も明白。八ッ場は中止は関東知事の中止反対でひっくり返ったが、熊本は知事が中止とのミス判断を継続し今回の悲惨
川辺川のB/C。⓪ダム(5000/1200=4.2)、①遊水池(5000/12000=0.42)、②放水路(5000/8200=0.61)、③引堤(
5000/8100=0.62)、④堤防嵩上(5000/2800=1.79)となるが、コスパではダム中止取り消しとなる。ちなみに、蒲島知事は何もしなかったので、⓪~④より悪い
と酷評しました。
「ダムなし治水」というのは田中角栄や自民党経世会が昭和40年代から推し進めていた土建国家や建設業者との癒着、公費濫用に対するアンチテーゼという意味合いもあったでしょう。しかしながらここで勘違いしてならないのはダムなし治水もまたダム建設をはるかに上回る巨大公共事業だということです。何千億円も費用がかかるダム建設事業を「もったいない」という理由で反対する運きがありましたが、その何倍にもなる高コストの土木公共事業をしようというのは奇妙な話です。
念を押して言っておきますが、私はダム建設推進派でも反対派でもありません。環境負荷が小さく、費用負担が軽く、景観を損ねず、短い工期で終わる防災対策を行ってほしいだけです。「はやい・やすい・うまい」であるならばダム建設であろうが、ダムなしだろうがどっちでもいいのです。高橋洋一さんはツイッターで次のようなツイートもしています。
ダム悪もダム良論も間違い。あえていえばB/C>1なら良、B/C<1なら悪。一部マスコミがダメなのは、こうした定量的な単純原理を理解できずに、感覚的な好き嫌いで判断するからだろう。中止が不味かったのも、ダムなし治水が絵に描いた餅なのもすべてB/Cで説明可能だよ。
高橋さんは最後に「ダムをつくった方がいい」という結論を示していますが、最初から「ダム推進ありき」「ダムなしありき」ではいけないと強調しています。
大阪府知事時代に槇尾川ダムの建設中止を決定した橋下徹氏も蒲島知事の治水対策に対し
ダムなし治水の判断自体を今から批判しても仕方がない。問題はダムなし治水の期限を設定していないこと。期限内にダムなし治水が無理ならダムをやるしかない。
ダムによらない治水計画が実行できないのであれば、ダムを進めるしかない。NOと言うだけで済むのは無責任なインテリと運動体
とコメントしています。
大事なことは河川流域に住む人々の命や生活、財産を護る上で最善の選択は何かということを問うことです。ダムはその選択肢のひとつでしかありません。環境保全や景観保護という観点も含め、最もコストパフォーマンス、B/C値(便益/費用)が優れた方法を択ぶかということです。
橋下氏は槇尾川ダムの場合、対案となる治水案があったから建設中止としたが、安威川ダムの場合はそれがなかったために建設を決定したと答えています。
上の文章と同じ主旨のツイートをしたところ、川辺川ダム建設予定地に住むという人からこんなリプが返ってきました。

この方は高橋洋一さんの発言についても下のようなコメントをしています。

あとこの方は「サンデーモーニング」でダム建設よりも河川掘削によって水の流れをよくした方がいいという発言をした姜尚中氏について高評価しているようですね。

検証の結果、彼の言う通り豪雨がひどかった区域は川辺川ダム建設予定地より下流寄りであり、川辺川ダムを建設したとしても治水効果がなかったと仮定します。そうなりますともう球磨川水系に存在する市や町、村は今後何度も壊滅的な水害に見舞われる可能性があります。抜本的な水害対策が見つからないのであれば、球磨川流域を居住禁止にすべきだという解答になりませんか?橋下氏も同様のことを仰っていますよね?
姜尚中氏が提言していた河川掘削についても長い球磨川のあちこちをパワーショベルで川底を掘り返し続けないといけません。掘っても掘っても上流から砂が流れてきます。この案もいくらの公費と工期がかかるのか試算されているのでしょうか?
もし仮に川辺川ダムで球磨川流域の氾濫を防止できないという検証結果が出たとします。その場合居住禁止以外の方策があることにはあります。
それは
球磨川流域に高層ビルやマンションをたくさん建てて、浸水域での平屋建て家屋の建築や居住を禁止する
という方策です。
東日本大震災のときの津波で壊滅した陸前高田市や南三陸町、気仙沼市などのように土地の嵩上げという大掛かりな工事をするわけにはいきません。高台移転するにも土地が限られていることでしょうし、逆に土砂崩れ災害に巻き込まれ命を落とす危険が増します。静岡大学で災害情報の研究をされている牛山素行さんは洪水で溺死してしまう人よりも土砂崩れに巻き込まれ死亡する人の割合の方が高いと発表しています。となると洪水がきても住居が水浸しにならないように高層マンションに住むという考えが浮かんできます。
治水というのは防災の一手段です。治水が目的ではありません。人々の命や暮らしを災害から護る防災が究極の目的です。川の流れを統御する治水ではなく、洪水がきても命や生活が脅かされない街づくりをするという発想です。
山都というべき情緒あふれる街並みを、コンクリートの街に塗りつぶすというのはえげつない話ですが、球磨川の清流は守られることでしょう。莫大な工事費用は建設国債で賄っちゃいましょう。
ダムなし治水といえば美しい自然を守るとか、無駄な公共事業削減とか、里山文化などといったきれいなイメージがありますが、いざやってみると三橋貴明や藤井聡らが唱えている国土強靭化計画を凌駕する巨大公共事業となるのではないでしょうか?公費が湯水のように使われ、球磨川全域で毎日毎日、何十年もダンプやブルトーザー、パワーショベルが土を掘り返している光景が続くのを私は予感します。
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