ちょうど時間があいて体調も良かったので(寒かったけど)プール行ってきました。
前回のメモが11月なので2ヶ月ぶりですね。。。寒くなるととてもプールとか行きたいと思いません。温水プールといえども。行き帰りが寒いし。
ただ、共通テストも終わったし、一般入試は監督の割当がないので体調を気にする必要がないので行ってきた感じです。
2時間券なんですが、久しぶりすぎて、会員証は忘れるわ、水筒も忘れるわで。。。しかも微妙に混んでいたので練習も5往復くらいで終わりました。
出発前に「今日は25m泳げるかな〜」とつぶやいたら子供に笑われました。。。子供はみな水泳教室に通っているので全種目泳げる感じです。九州(西日本?)の人間って感じです。偏見かもですが。北海道の我々の世代は泳げない人はそれなりにいるはず。
子供がすいすい泳いでいる横で、15mくらい泳いでは立って息継ぎして泳ぎだします。
前回、少し発見した見る方向を前にすることで少し視点が変わって息継ぎが楽になったような気がしています。ただ、小さい頃の負のイメージがあってすぐに息苦しくなります。。。ほんと、もう腹が立つというか情けないというか。。。
またまた厨二病の私は発想してしまうのですが、ウォーキングとかだと途中で止めたいと思ったら歩けばいいじゃないですか。公園とかランニングコースでも、気軽に立ち止まれます。自分のペースで練習できるのですが、プールはそうはいきません。
市民プールで練習しているのですが、初心者用レーン(途中で立ち止まってもいい初心者マークがついたレーン)が1つだけあって、そこで練習しているのですが、妙に上手な人もいて。。。お前、ここじゃないだろ。。。と思うことも。
そんなの自由なんですが。。。その人が後ろにくるとプレッシャーなんですね。。。落ち着いてゆっくり練習している感じではいられなくなります。
水泳ってこういうところが嫌いなんですよね。。。初心者がうまくなる術すらない、というところ。
自転車だってアシストがあるじゃないですか?ボーリングだってガーターなしレーンとかもあるじゃないですか?ウォーキングだって上記の通りです。なぜ水泳だけ、プロ選手と同じように何もつけずに泳ぐことを正とするんですかね。。。それが面白くない😁
とりあえずなんちゃって泳ぎでも泳いた感じになれる浮き輪っぽくない浮き輪ウェアとかあってもいいんじゃないですかね。。。つまり水に使って手足で漕いで泳いだ感じになれば普通の人にとっては十分なんですよぉ。。。それが許されないって環境が水泳が普及しない(たぶん苦手な人は一切近づかない場所)なんじゃないかな。。。そして泳げる人はそれすら気づかないこと、だと僕は思います。
しょうもないことですが、ぜひ言語化しておきたい。
この「できない」ってのが上達を支援するシステムを作ってきた自分にとってはとても嬉しいことです。嫌ですけどね。。。でもできるようになってしまうとできない人の価値観が理解できません。勉強とかできる人はできない人の気持ちや観点が理解できないのと同じです。
とりあえず豊臣兄弟を見た後、勢いでこれ書いていますが、冷静に思うのです。
浮いてさえいれば別に漕ぐ必要もないはずで。漕ぐことで推進力から沈まなくなるはずですが沈まないように浮き輪っぽいスーツを来ていればそんなこと気にせず泳げるはずなんですね。。。そういう観点でのトレーニンググッズとか開発したらいいのにな。。。というかそんなこと考えるのは泳げないやつだけだから僕がやらないとダメなんでしょうね。。。
「先行っていいっすか?」と小学生に言われる。。。この苦悩を乗り越えて笑。。。別にどうでもいいが楽しく泳ぎたい。。。そう思うもうすぐ還暦近いジジイの話しでした。
水泳ってもっと楽しいはずだよなぁ。。。と思っているの。プロスイマーのように泳げることだけが正解だというのはおかしいと思うんだよなぁ。。。正解はいくつでもあるはず。僕はそう思います。
ついでに、プールのイメージ。そもそも25mや50mを泳ぎきることを前提としたプールしかないことが問題だと思うんですね。。。どこで止まったっていいじゃないですか。。。ランニングコースみたいに円形でいいんですよ。疲れたら止まればいい。まぁどうでもいい素人の妄想ですけど。色々あっていいんじゃないですかねぇ。
