いま在学中の学生は、大学入学時点から生成系AIが既にアクセス可能な環境で育った世代です。Z世代ならぬチャッピー世代とでも呼ばれるようになるのでしょうか?
当学科では1年次にPythonの基礎を学びますが、やはり1年次からChatGPTを利用する学生がいて、それこそ入学時から卒業するまで一度も自分で一からコードを書いたことがない、という学生ももしかしたらいるのかもしれない、という状況です。
各大学の学長先生が宣言されたように、便利なものは避けるより活用しろ、というスタンスは共感しますし、ぜひそうしてもらえたらとここ数年、現場で見てきましたが、生成されたコードを理解しない様子を見て、やはり自分で書いてみないと体感としてコードがどう動くのかはイメージできないだろうな。。。と思うようになってきました。
短いコードですら自分で書けないとすると、ChatGPTが生成したコードの意味も理解するのが難しいでしょう。となると、そうしたコード片を組み合わせた実用ソフトウェアの動作を理解すること、運用することは不可能です。
3年生の授業で以下のような宣言文を授業で見せて、性善説的に説いてみました。

効果はわかりません。そもそもどう伝わっているかもわかっていません。教科書やネットにコードがあっても「自分で打って確かめたい」という学生さんももちろんいます。一方で、資料に書いてあることでさえ、その資料を見返すことなくChatGPTに聞いてその回答を鵜呑みにしてプログラムを作ろうとする学生もいます。
どうしたら良いのでしょう?わかりません。たた確かなことは、ChatGPTをなかったことにはもうできないということです。初心者であってももっと活用すべきなのかもしれません。
これまでは、カリキュラムがあり、科目があり、その科目には担当教員がいて、教員が授業設計してシラバスを書いてシラバスに沿って授業実践してきました。
プログラミング授業のような個人差の大きい授業ではこうした従来の授業形式の問題が指摘されてきました。質問したくても教員やTAが不足する。あるいは聞きたくても諸事情で聞けない。そうした問題を克服するために多くの研究がなされてきました。
でも、ここで改めて考えてみるのです。
そもそもプログラミングは自分でも学べるものです。私もその一人。このブログを読んでくださっている方も自分で仕事や趣味で関わりながら技術や知識を育ててきた方もいらっしゃるかと。
プログラミングとは、自分で書き方を覚え、自分で(試しに)書いてみて、自分でデバッグして、自分の書き方の誤りを自覚して、知識を軌道修正する。。。ことでできるようになるものだと考えられてきたと思います。たぶん。
ただ、プログラミングは独学するには難しい対象であり、継続するにはそれなりのサポートが必要であることも指摘されています。
だから、学校で学ぶ必要(教員の存在意義)が出てくると考えていますが、上記で書いた教える側と教わる側の数の不均衡に対処するためにも、もっといえば、学習内容の個別最適化も合わせて実践するためにも、生成系AIは使うべきなのだろいう考えにたどり着きました。今さらなのですが。。。生成系AIのおかげでこれまでにない最高の学習環境を享受できる時代になったとも言えるでしょう。
性善説に期待しても厳しいです。変化を恐れる教員側から見た身勝手な期待でしょう。やる子はやるしやらない子はやらない。どの時代も同じです。
できるだけ多くの学生さんに、(AIのサポートを受けながらでも)自分でコードが書けるという自信を持って卒業していただきたいですし、自分で一からすべて書けなくても人が書いたコードの意味や流れを理解できる程度の知識は身につけて欲しい、という願いがあります。
それには、やはり生成系AIの活用は避けられないし、むしろ、導入時点からどう使っていくかを教えるべきなんじゃないかな。。。と思えてきています。
数カ月後にまた変わっているかもしれませんが。。。
で、既に多くの大学で実践されているであろう生成系AIを活用したプログラミング教育事例をそれこそChatGPT等とともに整理しはじめました。
目を背けてもしかたがないですし、もったいないかもです。彼ら彼女らのレベルでどう使っていくべきかを早い時期から体験させることが必要なんだろうな。。。と思っています。
まとまってませんが朝、出勤前に頭にあることを書き出してみました。
以上です。