最近、これを聞いて寝ることがあります。作業しているときに聞いたりもします。別に直接マッサージされているわけでもないですが、好みの声を聞いていると癒やされますし、マッサージ音を聞いただけでマッサージされているような感覚にもなります。ASMRはオモロイです。
以下、声繋がりですが。
これでも大学教員なので授業をしなければなりません。うちの学科は定員が70名なのでそれくらいの若者を前に話します。自分の姿はもちろん声も変えられません。残念ですが。。。
普段はあまり声を出さない?ので家族から「もごもごして何を言っているかわからない」と言われることもあったりします。なので、学生と話すときは意識して声を張ってしゃべっているつもりです。
それでも気が抜けると、例えば、コンビニとかで「交通系で」と言ったのに何度も聞き返されたりする感じです。ちょっとわからない人にはわからないですね。。。
ただ、大学の講義室はマイクがあるのでまだ声を張る必要があまりないので助かってはいます(聞く側の学生さんも)。
少し前に高校生の娘がボソっと言ってたことを思い出しました。
物理嫌いなんだよね〜。先生の声がデカすぎて怖い。ウルサイ。とても優秀な先生と聞いているけどとにかく怒られているようで聞く気にならない
ふと、少し前に参加した国際会議のことを思い出しました。座長の一人の方の声がとにかくでかい。最初とにかくビックリしました。でも聞いているうちにその方の個性をあいまって楽しくなりました。懇親会でも少しお話しましたが。声質だけではなく音量も個性なんだな。。。と。
物理は高校生には不人気科目の一つらしいです。これは向き不向きだと思うのですが、生物や地学のようにコンテキストも含めて覚えることが中心(のように思える)の科目より、公式さえ覚えればあとはなんとかなるという点は僕は好きでしたが(得意ではありませんでしたが)。
その科目の担当者が声デカな先生となると。。。JKは引くかもしれませんね。。。高校の教室サイズにもよるのでしょう。大学の講義室のように教員と生徒の距離がある程度あるのとは違って眼の前で大きな声でしゃべられると引くのかも知れません。
そして、そのことを先生には直接言えないようでした。。。先生ご自身は周囲からは優秀と言われている先生です。娘によると、教室であまりできない子が当てられて「こんなものもわからないのか?」という言い方もされるのを見るもの嫌なんだそうです。先生ご自身が優秀なだけあって期待値が高いのでしょう。なんとなく想像できます。でも、やさしい時代です、怒られ慣れてないのもありますし、人が誰かを怒る姿を見るのも不愉快です。ASMRじゃないですが、自分が怒られている感じさえしますしね。。。
クラスのみんながその先生のことをそう思って授業を聞かなければならない。。。想像しただけで恐ろしいです。教員という立場で想像するとなおさらです。自分がそうなっていたとしたら。。。恐ろしいです。本当に。
熱心さと恐怖は紙一重なところがあるかもしれません。パワハラ・アカハラは大学でも重要なテーマです。全教員、知識としては当然わかっているはずですが事件が絶えません。一本の道筋を極めてきて周りから優秀と言われれば言われるほどその他の視点が欠けてしまう、あると思います。怖いですね。。。そして当事者はもっと怖い思いをしているはずです。気をつけます。
教員とは何でしょう?僕も20年やってきました。正解はいまだにわかりません。とにかくいろいろと試行錯誤はしてきました。でも、これだ!と思ってもすぐに違うか。。。の連続です。たぶん、ゴールはないのだと思っています。環境も人も常に変わっていきます。ムービング・ターゲットです。ソフトウェア開発と同様に継続的改善が必要な仕事なのでしょう。
教員は学生に知識やスキルを伝えるのが仕事です。「説明はした」では不十分で、理解し行動させなければ意味がありません。ただ、企業の教育とは違って全員できるようにしなくていい、という点に違いがあります。両方経験した身なのでわかります。
あ、脱線しました。
教え方を考えるときに喋る内容につい注目しがちです。僕も何冊も読みましたが「わかりやすい説明の仕方」の本は人気だと思います。
でも、容姿、表情、声質、声量、反応の仕方などノンバーバルな部分って大事だな。。。と改めて思いました。たぶん、内容以上に重要なのでしょうね。それってトレーニングをしない限り、その人のアイデンティティというか内面や心理的な状態がそのまま出てしまうでしょう。相手をどう思っているか、リスペクトしているかどうか、大事に思っているかどうかとかでしょうか。そういうのって伝わると思うんですね。
一番最初にあげたナキアさんの声がカワイイのはもちろんですが、何個か動画を見聞きしていますが、やはり、声の主さんが視聴者をどう考えているかが伝わってくるような気がします。
こう自問自答してきて思うのですが、コミュニケーション能力とは、相手を好きになれる能力(いい面を見つけられる能力)、なのかな。。。と思います。好きというか敬うというか。年齢や経験値の上下に関係なくです。そこじゃないかな。。。究極的には。相手を大事に思えば、接し方はそれなりになっていくのだと思います。逆に相手が嫌い、関心がない、となるとそれなりの対応になりますからね。。。