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子供の学校の懇談会の話

数日前に娘が通っている学校で懇談会がありました。そこで見聞きしたことで1つ気になることがありました。ちょっと書きます。

先生のお話の中で「○○のときにみんなの靴を揃えてくれている生徒がいました」といったことを話されていました。その他にもいくつか事例をあげていらっしゃいました。

そういうことを先生がみんなの前で言っていることがどうにもムズカゆくなりました。僕が捻くれ者だからでしょう。でも、見方によっては「あーこうすればよく見られるのか」とも取れると思うんです。考えすぎでしょうけど、もしそれをも狙っているのだとすると嫌だな。。。と思っちゃうんです。

私が思うに、こういう話は大人は見ないふりをしつつ、(必要であれば)後で本人に謝意を直接伝えるとかで十分だと思うんです。やる子はやるしやらない子はやらないし。やっている子の姿を見ていいなと感じたら自然と生徒同士で真似すると思うんです。

先生としては学校としてそういう「良い行い」を教育の一環として普及したい気持ちがあるのは当然です。僕も教員なのでわからなくはないですが。そんなに上手く伝わるのでしょうか。人間の心は複雑です。「へーそんなにいいことしている人がいるなら私もやろー!」となればいいのですが。ちなみに娘の通っている学校は公立ですがこの地域では「良い子が通う学校」として知られています。だから、というのもあるのかも知れませんが。

確かに、世の中、評価は重要です。そして評価するのは人です。評価者に気に入られるかどうかで自分の人生が大きく変わることも多々あると思います。我々大人はそれを知っています。特に大きな組織となると競争もあるでしょう。努力が報われる方が少ないのかも知れません。それでも生きていかなければならない。。。というのが人生なのかなと思うんですね。こういうことは自然と理解していくことになるでしょうけど、だからこそ学校ではその社会にでるまでの間に夢を見させて欲しいな、と思います。一保護者として。生徒それぞれに良いところがあり、その良さを先生がしっかり見てくれて認めてくれる。それだけで十分だと思うんです。

我々、大人は子供以上に勉強しなければならないと思います。そして深く考えなければならないと思うのです。人間は利他的行動をすることで幸せになれるという本を読んだことがあります。本の名前は忘れました。その当時、流行った本だったような気がします。他者を優先するってなんか偽善的な感じがしますが、でも、やっぱりイイコトをしたあとって自分が気持ちいいと感じます。電車で席を譲ろうとして恥ずかしい思いをしたこともありますのでイイコトするってそう簡単じゃないんですよね。でも、気が向いたときにはしてしまいます。それは、他者に褒められるからやるのではなく自分が気持ちいいからやるんですよ。たぶん。それは人が持つ性質の一つだと思うんです。あとはやるかやらないかだけで。良いことをしたあとに自分が気持ちいい思いをしたことがあるかどうかによるはずで。そういうことを家庭や学校で経験できたらいいなと思います。そういう風に仕向けるには思いが必要でしょうし、でも思いだけでは不十分で、上手く持っていくための仕掛けが必要なんだと思います。

人って難しい。だから面白い。




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