ロマとビビと伯父さんに連れられて、トゥクトゥクに揺られて出発。
普段感じる1時間の倍は長く感じ、病院に着く頃には歩くのも怠かった。
土曜日の病院は空いていたが、他にも患者さんが待っていた。
待合室のベンチに座った瞬間、処置室に案内され入るとまだ4-5歳くらいの男の子が処置台に1人で大人しく座っている。
その子を窓際の処置台に移し、私はそこで処置を受けることになった。
この時すでに39℃。
説明する元気もなく、ここ数日の経過を書いたノートをドクターに見せてあとはロマが補足してくれた。
経過書いといてよかった。
処置室には私以外におばあちゃん、4-5歳くらいの男児2名がいて、男児①が処置を受けている真っ最中だった。
この世の終わりかと思うくらい号泣する男児を処置中動かないようにお父さんが抑えている。
「ババ(お父さん)Σ;%<*?+△!!!!!」
と何度も泣き叫ぶ姿を横目に、私も採血と点滴を受けていた。
どうやら男児①は右腕の骨折で創外固定をされている。創外固定は折れた骨を元の位置に戻して炎症が治るまでの仮固定で、皮膚の上から金属棒を突き刺して骨を良い位置に保っておく方法だ。
なので右腕から金属棒が飛び出ている。途中から見たので、ここで創外固定されたのか定かではないが局所麻酔でやったのだろうか?だとすればこの世の終わりくらい泣いても不思議ではない。
私も注射なんか大嫌いなので、2回も針刺されてげんなりしたけど、あんな小さい子が泣きながらも逃げずに処置受けてるんだからこれくらいで落ち込んでいる場合ではない。
ふと窓際の男児②を見ると、彼はたった1人で静かに座っていた。私と目が合いしばらくじーっと見たあと、私と彼は泣き叫ぶ男児①を見守った。
その間、私は高熱による脱水補正で、生理食塩水を2本と抗生剤を投与された。
2本目の点滴が終わる頃、男児①の処置が終わったかに見えた。男児はぐずってはいるが泣いてはいなかった。よく頑張りました!と心の中で思っていたら、まだ最後の抗生剤の注射が待っていた。
無慈悲に打ち込まれる注射に大絶叫の男児。
もう終わりだと思ったら、まだ痛いことされる悲劇。
終わって処置室を出ていくその瞬間までずっと、お父さんに向かって何か訴えていたが、周りの大人はみんな笑っていた。
ロマに聞くと「お父さんなんて食べてやりたい!!お父さんなんて5回は引っ叩きたい!!」って言ってたらしい。
痛いことする医師から守ってくれなかった父に怒っているのだろう。早く骨がくっ付きますように。
そしてその騒動のあと、ずーっと1人静かに待っていた男児②の処置が始まった。
ドクターが来て左腕にギプスを巻いていく、彼は眉ひとつ動かさない。
え、骨折??
真偽は不明だが、ギプス固定しなきゃいけない怪我をして、同年代の子どもがあれだけ泣き叫んでいて、自分の保護者は一緒にいない状況であれだけ大人しく待てる彼は人生何周目だろうか?
処置が終わって初めてお母さんが迎えに来たが、最初から最後まで冷静だった。
私はというと、体力を削りに削られ処置台でグッタリしているうちに全てが終わった。
採血結果から何かしらの細菌感染らしい、白血球も爆上がりで、頑張って異物と闘ってくれている最中だった。頑張れ、私の中の働く細胞たち。
処置が終わり、ビビに連れられてよく行くレストランに遅いランチに行った。
宿泊施設が併設されたそのレストランは、顔見知りのスタッフも多く、いかにも体調の悪い私を心配して席に案内してくれた。
私の結婚証人になってくれたスタッフのアナも心配して来てくれた。
「タタ大丈夫?なんか食べられそう?」
「あまり食欲ないから、チキンスープあるかな?それとマンゴージュース。」
「オッケー、すぐ持ってくるからね。」
食事を終えて、ロマと伯父さんが戻ってきた。
「まだしんどいと思うから、ここで一泊して様子見よう。」
もし私の調子が悪くなって病院に搬送することになったら人手がいるので、ロマと伯父さんは残って、ビビだけ家に帰ることになった。
そして案の定、また夜に39.8℃まで上がりグッタリしているとロマが心配して病院にいこうというが起き上がるのさえ億劫だ。
すると何処かに電話して出て行ってしまった。数十分後、なんと昼間診てくれたドクターを宿に連れてきたのだ。
もう仕事も終わって家族と寛いでいるところを連れてきたらしい。来てくれたドクターに申し訳なさすぎたが、ドクターはニコニコして「やっぱり熱高いね、解熱剤打とうか!」と聞いてくれた。
この数日間で3回目のお尻に筋注は、もう慣れたものだった。
来てくれたことにお礼を言って、ロマはドクターを家まで送って行った。日本では考えられない手法だ。
注射のおかげでみるみる汗だくになり、1時間後には平熱に戻っていた。
疲労困憊だったので、倒れるように眠った。
次回:病院嫌いの元看護師、自宅に帰る