以前読んだ文芸誌『GOAT』の第二号で紹介されていたので読んでみたのがミステリー小説『ババヤガの夜』。本作には「内樹会」という暴力団が登場するのだが、抗争している描写はない。ちょっとしたいざこざでこの組に置かれることになった主人公の目から見た組長宅の淡々とした営みと、お嬢さんの日常生活が述べられる。格闘シーンはあっても抗争シーンはなく悪漢ロマンでもない故に業界用語は少なく、綿密な取材によって巨悪が描かれているわけではない。この点から、作者の関心は極道界にはないことがわかる。あとがきによると「暴力を書くのは気持ちいい」とのことだが、作者が描きたいのは裏社会の男たちの葛藤やロマンではなさそうだ。作者の視点はあくまでも、女でありながら純粋な暴力を好む、無所属の喧嘩好き、新道依子のなかにある。
ではその新道依子はどんな生い立ちなのかというと、母の顔を知らないという訳ありの身である。新道依子は祖父母のもとで育ち、祖父は元極道であることがうかがえるものの、結局のところ祖父の正体は不明なままだ。それでも依子は祖父の厳しいしごきにめげることなく鍛錬を続け、祖父母が亡くなったのを機に上京する。その動機は「新たな暴力を求めて」とのことだったが、上京して4年経っても依子はただの労働者である。似合いもしないピンク色のエプロンを着て花屋の配達をして生計を立てていた。ではなぜ依子は暴力を求めながら極道にならなかったのか。警察官や自衛官では規律が正しすぎて暴力を振るう機会が少ないので却下したのだろうが、なぜヤクザを目指さなかったのか。
ここで依子の属性(設定)が活かされる。依子は筋肉質でガタイがいい女ではあるが、女であることにはちがいない。そして、赤髪である。しかもこれは地毛なのだ。要するに日本人以外の血をひいている。女であること、生粋の日本人でないことが二重苦となり、依子は極道の世界には受け入れられなかったのであろう。上京してすぐの18歳頃に門前払いをくらった依子は、あきらめて堅気の仕事についていたのではないか。であれば、一時的にとはいえ極道の世界に入り、若頭補佐から求婚されたのは渡りに船だったはずだ。しかし依子はこの状況を喜ばない。依子にとって暴力は生きる目的であるのに対して、極道界における暴力はただの手段にすぎないからだ。ヤクザの暴力は誰かを脅して従わせるための道具なのであって、純粋なものではない。この点を不快に思う依子は結局のところ「お嬢さん」こと尚子とともに脱走する。本作はここからが本番…かと思いきや、逃亡生活はダイジェスト版のように駆け足で描写されてしまう。どうやら作者が描きたいのは逃亡生活の悲哀でもないらしい。
それでは何が描きたかったのか。それは、女の怒りを象徴する女であろう。誰の味方にも敵にもならず、鬼婆ババヤガのように気まぐれに生きていた依子は、この逃亡生活によって明確に尚子の味方になる。そして、尚子は女らしさを捨て去る。若かったふたりは長く逃げのび、初老になっている。それでも、このふたりから後悔は微塵も感じられない。依子は女物のスーツが着られないほど大柄でありながら姉や妻を演じ、かたや尚子は弟や夫を演じる。ここから考えるに、依子は女らしさを強いられることが嫌だったわけではないだろう。一般的な、結婚して母になるというルートにはなじめないと思っていただけだ。大切な人のためであれば、一般的な女を演じることができる。そして尚子は、女らしさに対してなんの思い入れもなかったことがうかがえる。尚子にとって女らしさは、自分が選んだ価値観ではない。上品で古風なお嬢さんを装っていたが、それを楽しんでいたわけではない。服装も習い事の数々も父から強制されたもので、自分で選んだものはごくわずかだ。一見すると反社会的な態度の依子のほうが内に秘めた怒りが少なく、従順に見えた尚子のほうが内に抱えた怒りが多い。このふたりの対比が美しい。
依子は「逃げるのに疲れた」と言いながら、結局、内樹会には殴り込まないし誰も殺さない。暴力を好む依子なら尚子を連れて次々と暴力団を潰していってもおかしくはないのに、依子はそうしない。怒りや憤りがあるからといって、それを爆発させる必要はない。本作は、抵抗には逃亡という形もあることを示す。本名を名乗れず半生を語れないという不自由さはあれど、ふたりはそこそこ幸せそうに暮らしていた。
本作を読んでしみじみと思ったのは、○○らしさの獲得は本人が自ら望まなければならないことだ。スカートをはいたりネグリジェを着たりするのは、本人の憧れの結実でなければならない。性別を問わず、強制されたものはすべて不快なのである。私に児童心理の知識はないが、人間の自我の現れが「イヤイヤ期」なのは、人生それ自体が強制的に始まった、本質的に不快なものだからだと思う。それでも人はいつしか人間の生活になじみ、人間ならではの楽しみをみつけ、人生の不快さと折り合いをつける。依子と尚子も、人間であること自体には納得できたのだろう。しかし女であることには納得せず、一般的な選択肢は蹴散らして、ある意味で自分らしい半生を送ったのである。本文は190ページと短く、依子のその後は読者の想像にゆだねられているものの、ラストシーンは美しい。一見すると映画むきの内容に見えて叙述トリックがあるのは小説らしくてすばらしかった。適度なボリューム感の良作を読ませてもらったので、王谷昌先生には心からの感謝を。以上。
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蛇足:登場人物のなかでは細身できれいな革靴をはいた若頭補佐の柳さんが好き。