Virtual realityという言葉はだいぶ古くから使われている。確かな記憶ではないのだけれど、VRなんてものが実質的になかった1990年代にはもうあちこちで目にしていた(だからジャミロクワイのVirtual Insanityなんて曲も生まれたわけだろう)。Virtualという英単語は「実質的な」という意味だと高校時代に習ったから、「実際には現実ではないけれど現実と実質的に同じ状態」という意味なんだろうとすぐに理解できた。なので、「バーチャル」が「現実ではない」「デジタル上だけの」という意味で急速に広がっていくのにはずいぶんと違和感を覚えたのが記憶に残っている。たとえば「近頃の若者はバーチャルな世界だけで現実を見ていない」みたいな言い方ね。1990年代には(確か00年代にも)そういうふうな「バーチャル」の用いられ方は普通だった。いや、virtualっていうのは「実質的に」だから、決して「ウソっこの」っていう意味ではない。確かに現実そのものではないのかもしれないが、ある部分では現実そのものといってもいいぐらいに実質的である。この違和感がだんだんと解消されてきたのは、VR技術が進歩してきて、「確かに現実ではないけれど現実世界と同じぐらいに雑多で卑猥でどうしようもない部分までを含んだ仮想空間」が日常的に体験できるようになってきたからだろう。
だいたいが、「現実」とはいったいなんなんだろうと考えると、「バーチャル」を「ホンモノではない」みたいな意味で使っていたのが妥当ではなかったことがすぐに理解できる。「現実」とは、人間の神経が脳に投影した像でしかない。いや、その投影する情報を与える元になった物質・物体・事象は人間とは無関係に独立して存在するのかもしれない。ただ、人間はそれを神経系の働きを通してしか知覚できない。それが幻でないことは同様の感覚器官と情報処理システムを備えた他人とのコミュニケーションの中で確信できるわけだけれど、そのコミュニケーションによる情報交換そのものが、どこか確固としたところのない、曖昧さを含んでいる。いま見ている世界が胡蝶の夢ではないという保証はどこにもないし、それでもなおというのなら、せいぜいが「疑っている自分がいることは疑えない」と詭弁を弄するぐらいしか方策がないだろう。
なぜこんなことを思っているのかというと、この8月で満90歳を迎える予定の老母の近頃の言動だ。このブログにも何度か登場してもらっているが、かなり認知症が進んでいて、先日、めでたく「要支援1」の認定をもらった。ちなみに身体機能は年齢の割に衰えが少ないので、この認定はほぼ完全に認知機能の衰えのみが評価されたものと見て間違いない。とにかく短期記憶がもたないのは、見ていて痛々しいほどだ。
それでも相変わらず基本的には自立生活が続けられている。買い物は私が連れて行くが、だいたいは中3〜4日ごとに訪問して1泊して帰るというのが基本になっているので、日常生活はほぼ完全に自力でこなしている。いまのところはヘルパーさんの世話にもなっていない*1。それがどうにか続けられているのは、生活のパターンを単純にして、大きな変化のない日常を送るようにしているからだと思う。短期記憶がもたないということは、その場その場の判断ができないということにつながる。いや、一瞬の判断は記憶に関係ないからきっちりとできる。ただ、その判断、決断を覚えていられない。ということは、突発的な出来事に対して突発的な対応まではできても、それをもとにした継続的な行動ができないということだ。たとえば、親戚の誰かが訪問したいと電話してくるとする。その電話に対して、「じゃあ、お昼はこっちで食べたらいいよ」みたいな即応の受け答えはできる。そのことをメモに書くこともできる。けれど、記憶がもたない。メモを見て、悩み始める。お昼をどうすべきなのだろうかと。そして、「じゃあ、お寿司でも取りましょうか」と決断する。ところが忘れる。また悩む。メモに「お寿司」とか書いてあったら、「お寿司の準備しなけりゃいけない」と焦り始める。魚を買わなきゃいけないと、メモをする。そのメモを見て、「なんのお魚だったっけ」と悩む。無限にそんなことを繰り返す。一貫した行動にならないまま、疲れ果てる。
だから、そういう非日常的なことの対応はすべてこっちに任せてもらって、ただ、毎日の同じことの繰り返し、同じ朝食を食べ(もう何年もヨーグルトと餡パンと決まっている)、いつもの菜園の世話をし、同じ昼食を食べ(ほぼインスタントラーメン)、亡夫の霊前に花を活け、菜園の野菜と冷蔵庫の在庫から夕食をつくり、風呂に入って寝る。この繰り返しだと、いくら短期記憶がもたなくったって、どうにかなる。そのうちどうにもならなくなるかもしれないが、いまはまだどうにかなっている。洗濯物を干すのを忘れても、それは目の前に干してない洗濯物があれば干すだけのことだから、何も悩まずに済んでいる。眼の前の床が汚れていたら掃除機をかけるだけだし、ひとつの動作がそれだけで完結するうちは、特に不自由はない。
ただ、非日常的な出来事があると、そうはいかない。それが先週起こった。それを持ち込んだのは、北海道という遠隔の土地に住んでいる兄だ。
兄は以前には気まぐれに出張仕事のついでの実家訪問みたいな感じでやってきていたのだけれど、少し前からは「おまえも負担やろから」と私を気遣って、月に2回ぐらいの割合で母親を訪問してくれるようになった。だから私も3回か4回に1回ぐらいの割で実家訪問を飛ばして家でリフレッシュすることができる。これはとてもありがたい。けれど、兄には兄の生活もある。生きていればいろんなことが起こるもので、しばらく前からパートナーのお父さんが高齢のため入院し、だんだんと容態が悪化しているという、ちょっと落ち着けない状況に陥っていた。そして先週の訪問時に、老母にもそのことを話した。「いよいよという日がいつ来るかもしれんし、そのとき突然に『死んだ』と言われてもショックやろから、『入院してて具合があまり良くない』とだけは言うとこうと思う」と兄は説明していた。それはたしかにそうなんだろうとは思う。ただ、これが老母にはかなりガツンときた。人の死は(いや、まだまだ死ぬと決まったわけではないが)非日常の最たるものだ。たちまち毎日のルーチンがかき乱された。
兄がそのことを告げるとすぐに、老母は「見舞いに行きたいから連れて行ってくれ」と兄に頼んだ。兄は即座にことわった。もともとそれほど親しいわけでもない(何度か会って、会食もしてるし、盆暮れの贈答も一時は互いにしっかりやっていたが、まあその程度の)相手にお見舞いというのもどうかという気はするのだが、まあ、そこは「そうするもんだ」と思っている、いうなれば母の個性だから、否定まではできない。それでもなお、物理的に無理だということがある。兄のパートナーの郷里は日本海側の地方都市で、車を使おうが鉄道を使おうが、片道5時間ぐらいはかかる。空路なら少しは早いかもしれないが、1日1便しかないため宿泊抜きで往復するのは不可能だ。そして、90歳近い老人に宿泊を伴う旅行をさせるのも、往復10時間の長旅をさせるのも、現実的ではない。下手をすれば命にかかわる。単純に「遠すぎるから見舞いには行けない」というのは、掛け値のない現実だ。兄がていねいにそこを説明すると、そこは理性的に老母も納得する。
ただし、それをすぐに忘れる。そして、しばらくすると、「明日、お見舞いに行くのになに持っていったらええやろか」みたいな話が始まる。無理なんだということを説明すると、また理解はしてもらえる。けれど、しばらくして「明日は何時に出る?」という話が始まる。「なにを着ていったらええやろね」と、すっかり行くつもりになっている。もちろん兄は説明し、またも納得してもらう。けれど、またそれがひっくり返される。それが就寝時まで続く。
これに対処するために、兄は「見舞いに行くことが物理的に不可能であること」をメモに箇条書きで書いて、母の座る食卓に置いておくことにした。翌朝に目を覚ました母親が最初にそれを見ることで「見舞いに行かなければならない」という思い込みを抑え込むための方策だ。兄によるとこれはそれなりに功を奏したようで、「なんかしばらくはブツブツ言うとったけど、どうにかおさまったわ」とのことだった。その日は天気も良かったので、車で1時間ほどのところにシャクナゲかなにかの花を見に出かけたらしい。私は実家訪問しても基本は家事しかやらないのだけれど、兄はドライブ好きなので、こういう遠足担当になっている。その程度のことは、日常ルーチンを乱すほどではない。適度な刺激となっている様子がある。そんなふうに、ようやくショック状態から日常を取り戻したように、いったんは見えたようだ。
そして、数日後、私が訪問した朝のことだ。老母はぐったりと疲れて食卓に座っていた。いつもならとうに朝食を食べ終わっている時刻だ。まだ食べかけの皿が食卓に残っている。どうしたのかと尋ねると、
「昨日、お見舞いに行ってきてん」
と言う。ほんまたいへんやった、疲れてしまった、というわけだ。
「病院までは行ったんやけど、結局、(兄のパートナーの)お父さんには会えなかった」
とも言う。いや、それ、絶対におかしい。
「どないやって行ったん?」
と聞くと、兄の車で行ったのだと言う。そこで、まず兄が来たのは4日も前であること、したがって昨日ではないこと、さらに兄が来たときには近場に花を見に行ったのであって見舞いには行っていないこと、見舞いに行くには時間が足りなかったことなどをていねいに説明すると、
「じゃあ、夢でも見てたんやろか」
程度のことは言う。けれど、
「病院の入口も、それからお家の方も、はっきり覚えてる。あのあたりの山の感じとか。車に乗っていったことも覚えてる」
とも主張する。病院なんてどこも同じような造りだし、この日本、どこにいっても山はある。兄貴の運転で車に乗ったのは事実だし、ただ一点、その日に見舞いに行っていないのは疑いようのない現実だ。そのことを、往復にかかる時間のような物理的な根拠を示し、さらには机の上に置いてあったパンフレット(花を見に行った先の寺社の案内らしい)を示し、スマホに保存されていた写真(そこで花を写している)を見せて、
「たしかにそうやねえ」
と納得させるのだが、そのすぐあとに、
「でも、病院の前までは行けたのに、なんで病室に入れなかったんやろ」
と話が戻る。病人を直接見舞えなかったことを繰り返し悔やむ。そういえば、机の上にはその日本海側の街の名物のお菓子やお茶の袋も置いてある。いやいや、これは実家に来る直前に兄貴が見舞いに行ったときのお土産だ。老母が買ってきたものではない。けれど、そうなってくると、こちらが揃えた物証だって怪しくなってくる。たしかに花を見に行ったのは事実かもしれない。けれど、それと見舞いは別の話だ。
「この日は、写真もあるし、行ってないね。だったらお見舞いに行ったのはその次の日かな」
と、考え始める。いや、その次の日には兄貴は北海道に帰っている。
「ほんまに?」
「間違いない。兄貴から電話ももらってる」
みたいなやり取りがどこまでも続く。話をそらそうとしても、繰り返し戻ってくる。病室まで行けなかったことが残念でしかたないというのだ。わざわざ遠いところまで行ったのに、せめて一言、お見舞いの言葉をかけたかったと。
老母の中で、「車で往復10時間かけて見舞いに行ってきた」というのは、動かせない事実として定着している。それを否定する証拠をいくら挙げても、それをするりとすり抜けるように、「見舞い」は成立する。どうやらこれは老母にとっての現実だ。現実を否定することはできない。
「ようやくわかったわ」
私は母にこんな話をした。
「江戸時代の作家に上田秋成というのがいるんやけど、その小説に、遠くにいて絶対に来れるはずのない人が約束の日に愛する人を訪問するというのがあるんやわ。不思議な話なんやけど、身体は遠くにあっても、魂なら何百里でも旅をすることができる。魂なんて幻みたいなもんや。けれど、それは実際に訪問するのと、当事者にとっては全く同じこと。身体が行けなくても魂が行けば、それで十分なんやわ。つまりそういうことやねんな。お母さんも身体はここにずっとおった。それはもう、まちがいない。兄貴も私もおらんのに、車で行けるはずがない。この家から一歩も出ていないのはたしかや。けれど、見舞いに行ったのも本当やとしたら、それは魂が旅をして見舞いに行ったとしか考えられへん。そして、魂が行くことと、身体が行くことと、そこになんの違いもない。お見舞いをしたいという気持ちが強いからこそ魂だけでもそんな遠くまで行ったんやし、それだけの強い気持ちが伝わらんはずがない。雨月物語でも、魂はちゃんとメッセージを伝えてるんや。そして、それだけの思いがあればこそ、お母さんも実際に旅をしたんと同じくらい疲れたんや。だから、私は、お母さんはお見舞いに行ったんやと思うわ。ただ、身体は行ってない。ここを動いてない。変な話と思うかもしれんけど、それでええやん」
これが私の結論だった。母は、半ば納得したような、半ば呆れたような、奇妙な笑顔でこれを聞いていた。そして、もうそれ以上、この話を追求しようとしなかった。
これで話を締めくくれたら私も小説家並みに上手なウソのつき手ということになるのだけれど、実際には、一段落したのはしばらくの間だけだった。たしかにその場はそれで収まったけれど、朝食を切り上げて食後の薬を飲み、身支度をして買い物に行く頃にはまた「見舞いに行ったけど、病室までは入れなかった」という話をするようになっていた。ただ、もう私はそれをいちいち咎め立てしようとは思わなくなっていた。これは間違いなく老母のリアリティなのだ。なんなら物証だってある(お菓子とかお茶とか)。現実がここまで確固に確立されている以上、そこを争う意味はない。なによりも、その老母にとっての現実で、本人が納得し、安心しているのならば、そこを覆す意味などない。仮にそれで兄貴のパートナーやその家族と話が噛み合わなくなっても、そこを説明して受け入れてもらうのは困難ではなかろう。そしてその際に、そこまで思い込むほどに強い思いがあったことは十分に伝わるのだ。ならばこれはもう、実質的に現実と寸分違いない。
そして、最終的に、非日常を打ち消すのは非日常だった。この日、連休で老母にとっての甥や姪がたくさんの一族を連れて老母のもとに集まってくれた。それはたまたまこの時期に訪問したいという何件かの話を私の都合で同じ日にまとめてもらったことから実現したのだけれど、赤ん坊を含めて14人もの人々が自分のところにやってきてくれたというのは、老母にとって涙が出るほど嬉しい大イベントだった。彼らがやってきて、そして散会したあと、老母の頭はその楽しかった一日のことばかりで埋め尽くされたようだった。
「見舞い」の一件は、決して記憶から消えたわけではない。ただそれは、過去の「もう済んでしまった思い出」のフォルダーに移動してしまったようだ。だから、ついでで言及することはあっても、そのことで「病院までは行ったのに病室に入れなくて残念」みたいな後悔を蒸し返すことはない。遠いところまで見舞いに行った。その事実を懐かしそうに振り返るだけだ。
そう、認知症が見せる現実は、実際には現実ではないのかもしれない。けれど、それは実質的に現実だ。実質的に現実であるときに、それを現実と区別する意味はほぼ存在しない。物理的に不可能なことは、仮想的に実行すればいい。VRなんか使わなくても、想像力だけでそれが実行できてしまう。これが認知症の婆ぁちゃるリアリティ…*2