
おはようウルカ。
ペースト状のような昼下がり。
行き交うビジネスマンの首はどれも汗でぬれている。
風に揺れる樹の影は、樹の実体と同じ速さで動いているように見える。
しかし本当は少しだけずれている。
しゃにむに見ているばかりでは、解らない事がある。
俺は街路樹の下で携帯電話をひろげている。
影が少しだけながくなる。
反射光と直接光では影ののび方が違う。
男が異常に接近している事に気がついたのは、男の睫毛が俺の頰に触れたからだった。
男はこう言った。
私は最終形の悪魔です。
あなたはご自身の首を噛み切ることが出来ますか。
出来ないでしょう。
自身で自身の首を噛み切ることが出来ないのであれば、それは最も残忍とは呼べません。
柔軟剤の匂いがした。
あなたの家にあるものの中から何か一つを選びなさい。
それを神除けにしなさい。
肌身離さず持ちなさい。
それはあなたにふりかかる神を除けるだろう。
それは私を守るという事に似ている。
なぜなら私はあなたの影だと言えるから。
しかし本当はあなたと私のシルエットは少しだけずれている。
その隙間から神はふりそそぐ。
あなたの選んだ神除けは私を守りきることはできない。
私の濃度は長い時間をかけて少しずつ薄まる。
私の力が尽きるとき、あなたは影を失うだろう。
それは光を失うという事と似ている。
あなたと私との間のディレイは螺旋状に広がっている。
それにはじまりは無い。
それにはおわりが無い。
はじまりとおわりがつながっているようでいて、そうではない。
しゃにむに見ているばかりでは、解らない事がある。
さあ、いきなさい。
男はひと呼吸もつかずに言いきると、カチカチと歯を鳴らした。
俺は街路樹についている蛇口をひねる。
勢いよく樹液が落ちて、土をめくる。
土の下にはドアがあって、ドアの向こうには俺の部屋のキッチンがみえた。
俺は神除けに良さそうなものを探す。
ボタン型電池なんてどうだろう。
小さくて邪魔にならないし、銀色でカッコいいじゃないか。
俺はボタン型電池を神除けにすることにした。
あれから10年が経つ。
ボタン型電池は何処かへ失くしてしまった。
あの街路樹はまだ在って、今もさらさらと枝を揺らしている。
ペースト状のような昼下がり。
台車を不自由そうに押している老人は段差を乗り越えられない亀のようだ。
飼い主に引き摺られるように歩く小型の犬は宝クジに望みをたくすサラリーマンのようだ。
俺は街路樹の下でスマートフォンをこすっている。
相変わらず実体と影の両方に焦点を合わせることは難しい。
俺は10年前の男のことを考えている。
この街にもビルが増えたな。
腕時計をみる。
打ち合わせの時間まであと15分。
俺は缶ビールを飲み干すと、クライアントのオフィスへ向かって歩きだす。
すみません、これ、落としましたよ。
後ろから声がかかった。
振り返ると透明に近い白色の肌に、あかい口紅をさした女が立っていた。
女は薄い白色をした手を差し出すと、銀色のボタン型電池を俺にわたした。
ありがとうございます。
でも、これは俺のものではないようです。
俺はそう言うと、女に銀色のボタン型電池を返した。
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