
こんにちはウルカ。
駅の南改札口を出て少し行くと、日雇い労働者たちが集まる通りがある。
朝6時30分。
次々とワンボックスバンがやってきては、労働者たちを物色する。
お兄ちゃん、日当ニーゴー、飯付きでどうだい?
若い者、体格の良い者が優先的にピックアップされる。
この通りに立ち始めて1ヶ月ほど経つが、同じ業者に会ったことがない。
一体どれだけ沢山の業者がいるのだろうか。
そうこうしているうちに自分にも声がかかった。
お兄さん、日当ニーゴー、飯付きでどうだい?
黒いサングラスに虹色のネックレスをした男は、値踏みするように僕をみる。
はい、よろしくお願いします。
車に乗り込むと、先客が2人。
2人ともなかなか良い体格をしている。
うち1人は女性のようだった。
僕は身長が175センチ、体重194キロ。
他の2人も似たような体型をしている。
ワンボックスバンは積載量の限界が近いのか、エンジンが苦しそうだ。
3時間ほどの道中、目隠しをされている事もあり、車内では誰も言葉を発しなかった。
その施設は渓谷に隠れるように建っていた。
初めて訪れる場所だ。
建物全てが高彩度の紫色で統一されていて、猛毒をもつ生物のようだ。
受付で誓約書にサインをすると、体育館のような広いスペースに案内される。
異様なのは、天井や床に至るまで全て鏡張りで、正面には低いステージのようなものがある。
スペース内には50人ほどが集められていた。
全員、極端に太っている。
そこに電子音で作られたチェゲ・アンド・ザ・アスカのYAH YAH YAHが流れ始めた。
歌声も全て電子音だが、八百屋のおじさんのような、親しみのある声質だ。
はじまるな。
キョロキョロと不安げにあたりを見回している者を尻目に、何度かこの労働の経験がある僕はこの後の展開を静かに待った。
い〜まからいっしょに、これからいっしょに殴りに行こうか〜
サビと同時に、レオタード姿の男が拳を突き上げるような格好でステージに登場した。
黄緑と紫のレオタード、引き締まった肉体をしており、尋常ではない日焼けと笑顔には猟奇的な恐ろしさを感じる。
は〜い!みなさん!僕と同じ動きをしてぇ〜!絶対に間違えてはいけませんよぉ〜!
右腕を前に突き出し、執拗に舌で自分の鼻を舐めようとしながら、左手を頭上にもっていき、グーとパーを繰り返す。
そのまま突き出している右手の人差し指を立ててノンノンノンと左右に振る。
人差し指を振る速度をだんだんと上げていき、最後には痙攣しているかのようなスピードにする。
執拗に舌で自分の鼻を舐めようとしながら、左手を頭上でグー、パーと繰り返し、右手の人差し指を痙攣しているかのようなスピードでノンノンノンと左右に振る。
チェゲ・アンド・ザ・アスカのYAH YAH YAHのリズムやテンポを完全に無視した動きは非常に挑戦的であり、逆に深い意味合いがあるのではないかと思わずにはいられない。
その状態を70秒ほど続けただろうか。
肉体から汗が滝のように落ちる。
鏡張りの部屋で50人を超える巨漢たちの動きがシンクロしていく。
い〜まからそいつを、これからそいつを殴りに行こうかぁ〜
そのあたりからの記憶が曖昧だ。
僕は腹を出して隣のデブと激しくぶつかり合っていたかとおもえば、また別のデブとは濃厚なハグをしながら至近距離で指相撲をしていた。
いくら記憶の断片を辿っても、どうも曖昧だ。
昼食の時間を挟み、午後からも同じプログラムを繰り返す。
そして気がつくと朦朧とした状態のまま駅のロータリーで解放される。
今回も、何のための労働だったのか、まるでわからなかった。
何かに貢献しているのだろうか。
数ヶ月前、SNSを中心に太った人間ばかりを高額な日当で雇う仕事があるという噂が広まった。
インターネット等での募集はなく、早朝の路上でピックアップされるという昔ながらの日雇いの形態らしい。
全国各地で情報はあるものの、ピックアップされる場所は流動的であり、仕事内容が全く不明で、何のための労働なのか目的がわからないという。
さらに政府や隣国の軍事、宇宙開発の関係者が出入りしているなどと様々な噂が飛び交っている。
僕が潜入調査を始めたのはひとつきほど前からだ。
今わかっている事は、ある限られた空間で、非常に太った人間を50人以上集め、独特な音楽と動作を共有させる。
集団催眠、または空気を介した薬物等の使用があるのかは不明だが、参加した全員の記憶が曖昧であること。
そして同時刻に南米地方で空から降る光の目撃情報が相次いでいるということ。
週刊グラッチェの記者である僕は、やっと任された仕事に燃えている。
バカにされ続けてきたこの体型のおかげで、重大なミッションを担うことになったのだ。
皆を見返すためにも、重量級の特ダネをゲットしてやるぞ。
今年で46歳、僕の青春ははじまったばかりだ。
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