
おはようウルカ。
小刻みに、リズムをとっている。
身体を前後に揺らす。
真上のライトがつくった短い影が、足元に纏わりついている。
背筋から汗が吹き出し、舌がしびれる。
緊張はしているが、動きが硬くなる程ではない。
右手を前にした構え、サウスポー。
もう半歩前に出れば、自分の間合いに入る。
意識を集中する。
野次や歓声が遠くに霞んで、目の前の相手にピントが合う。
こいつについて、全く情報がない。
拳を握らない構えから、柔術系のスタイルなのかもしれない。
グラウンドは得意ではないが、十分に対応できるトレーニングは積んでいる。
落ち着け、完全に間合いに入る前にもう一度相手をよく観察しろ。
摺り足で圧力をかけてきている。
おそらく右利きで、グラウンドを狙っている。
相手のタックルにカウンターで膝をあわせるか。
いや、そう見せかけて打撃でくる可能性もある。
あの柔術系の構えはフェイクかもしれない。
いやに落ち着いてやがる。
よほど自信があるのか。
殺気が全く無いのも不気味だ。
相手の肩に視線を移す。
肩の動きを見れば、拳の動きを読むことが出来る。
ふわりと、相手の体が沈んだ。
やはりタックルにきやがった。
シュ!鋭く息を吐く。
左膝をカウンターで相手のこめかみに合わせる。
完璧なラインだ。
これは、極まる。
なに!?
渾身の膝蹴りが空を切った。
既の所で相手が更に身体を沈めたのだ。
完全にしゃがむ様な格好となっている。
モゾモゾと腕を動かしているが、死角であるため手元が見えない。
古武術に、暗器という小型の刃物がある。
暗殺などに用いられる武器で、掌に潜ませて使う。
女が、悲鳴をあげる。
身体を起こした男の腕に抱えられていたもの。
よーち、よち、可愛いおててでちゅねえ。
抱えた真っ白な仔猫の肉球を触っている。
女がまた悲鳴をあげる。
ひえー!可愛いねぇ!
ほらー!
ご飯が冷めますよー!
権三さん、トメさん、もう暗いからお部屋に入って。
ヘルパーの吉田さんは少しだけ太っていて、とても明るい人だ。
ワハハと豪快によく笑う。
権三は、相変わらず小刻みにリズムをとりながら、そよ風ホームの玄関に向かう。
同い年のトメさんが手を繋いでくれた。
あら、見かけないおじいちゃんね。
可愛い猫ちゃん!
お目々がブルーなのねぇ。
ご家族の方が心配されますよ。
おじいちゃん、どこから来たの?
老人は、答えるかわりに少年のような笑顔で仔猫の肉球をみせた。
ワハハ!
その笑顔には負けるわ。
おじいちゃん、晩ご飯、うちで食べていく?
今日のニュース
ウルカはデュビアを5匹、ササミを6切れ、砂肝を6切れ