
戦後80年、ひとつの節目の年、戦争の記憶が遠くなっている。そんなわけで本作に光が当てられ、沢山のコメント記事は出ています。TVドラマ版を観ていますがアニメ版を観てない。というわけで、金ローで観ました!
神戸大空襲で母を失った14歳の男の子と4歳の妹が親戚の伯母を尋ねるが、ここに居ずらく、ふたりで防空壕暮らしをし、食べるものがなくなり、亡くなるという話。
評判どおりの作品でした。泣けました。あの時代、食べるものに苦労した。あの雑炊を食べたくない!親戚には世話になりたくない、同じような経験をしているだけに泣ける作品でした(親戚の家に居ればよかったという意見もあるようですが、そんなことが出来ないと思います)。
語り継ぐ作品、観てない方、居ないかな、いたらぜひ観てください。兄妹が亡くなった原因には戦争だけでない、兄弟の苦境を知りながら手を貸さなかった無関心にも原因がある。社会がそこで追い込まれていたといえばそれまで、それが悔しい!
監督・脚本:高畑勲 原作:野坂昭如「アメリカひじき・火垂るの墓」(新潮社)。
物語は、
昭和20年、夏。父が出征中のため母と3人で暮らす14歳の清太と4歳の節子は、空襲によって家を焼かれ、母も亡くしてしまう。2人は遠縁の親戚宅に身を寄せるが、次第に邪魔者扱いされるようになり、ついに耐えきれなくなった清太は節子を連れて家を飛び出す。防空壕に住み着いた彼らは、2人きりの貧しくも楽しい生活を送り始めるが……。(映画COMより)
あらすじ&感想:
冒頭、「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」と現代に生きる清太が死んだ清太を見ている。
清大はまだ息をしていた。「汚いな!」「死んでんのか?」「駅にこんなのいたら恥だ」と声はあっても誰も手をかすことなく去っていくがおばちゃんがおにぎりを置いて立ち去る。そのあと清太が息を引き取った。付近にはいくつもの遺体が転がっていた。駅員が「こっちにも死んでるぜ!」と清太が持っていたドロップス缶を取り上げ投げると、蛍と骨が出てきた。そして現代に「生きる節子が笑顔で現われた。清太がドロップス缶を拾い節子に渡して歩き始めるとことから、物語が始まる。
清太と節子は何故亡くなった。これがテーマです。
〇神戸大空襲で清太と節子は家と母を失い、行くとこがなく親戚の伯母を尋ね世話になることにした。
空襲!大編隊による空襲だった。
母と節子を背負った清太が家を飛び出すが、父の写真を持ち出すためにちょっと遅れたために母とはぐれ、そのまま燃える街の中を海岸目指して走った。空襲が終り引返すと街は焼け野原だった。電車は焼き爛れ、そこら中に遺体が転がっていた。

皆が人を探している。清太は焼け残った学校を尋ね、外で節子を待たせ中に入った。母が全身包帯で巻かれた状態で寝かされていた。西宮なら病院があるというがそこに行ける状態ではなかった。
清太は節子に「お母ちゃんにはそのうち会える」と話し、何も言わなかった。ただただ悲しくて鉄棒にぶら下がり悲しみに耐えた。母の体から蛆虫が這い出していた。母は大勢の人と一緒に火葬された。
清太は母の遺骨を持って電車で西宮の伯母を頼った。
庭に母の遺骨を隠して家に入り、叔母には「母は病院です」と告げた。
次の日、焼けた我が家の中から母の遺品や梅干しなどの食べ物を探し出し、リヤカーで伯母の家に持ち帰った。伯母に母が亡くなったことを伝え伯母は「早く言ってくれれば」と同情してくれた。その夜、清太は節子の風呂に入り、沢山のホタルを見た。ドロップスを節子の口に入れると節子が喜んだ。
伯母が焦げ付いた鍋底を見せて「お礼を言うたよな!」と節子を責める。伯母の家には清太と節子に食べさせ程にはお米がないらしい。夕食の雑炊は水ばかり。伯母の娘と下宿の男には具が入っている。
節子が「身体が痒い」というので、ふたりで海に出掛け、海水に浸かった。節子は喜んだ。塩分不足で、海水を持ち帰る人がいることを知った。
伯母が「母の着物を売ってお金にして米を買え!」という。
節子が「お母ちゃんものは売るな」と泣いたが、そうした。そのお米のご飯を食べた。美味しかった!
しかし、お米のごはんはこの時だけだった。水ばかりの雑炊の毎日が始まった。伯母の娘と下宿の男には“働いている”という理由で実のある雑炊を食べ、お米の弁当を持って働きに出て行く。「これが嫌なら台所を別にする」と伯母が言う。食べ物を欲しがる節子を見て清太は決めた!
清太は母の預金を銀行から降ろして台所道具を揃え、台所を別にした。
米を農家から買った。別室で七輪でご飯を炊いて、節子に食べさせた。節子が喜んだ!足を延ばして寝た!

お米が底をついてきた。ドロップスの数粒になってきた。ドロップスの缶に水を入れ甘い水を作って節子に飲ませた。節子が喜んだ。しかし、腹は減る。節子が泣き出す!伯母がうるさいと怒る。清太はその都度節子を背負って夜の街を徘徊して過ごした。「連合艦隊に乗って出征した父が帰ってくる」と父が帰って来る日を待つことにした。清太は伯母の家にいるのが絶えられなくなった!
〇清太と節子は伯母の家を出て、街から離れた防空壕で生活することにした。
清太は農家でリヤカーを借り、米と藁を買い、空いた防空壕を探した。見つかった!節子が「ここが台所、ここが玄関」と喜んだ。川でタニシやカエルを採り、山菜を探し、薪を採って、雑炊を作った。節子が「美味しい!美味しい!」と食べた。ふたりでぐっすり寝た。上空を飛ぶ爆撃機を見ながら、夜は沢山のホタルを見ながら、ここはまるで楽園にいるみたいな気分だった。

節子は母親のお墓を作った。
伯母から母が亡くなったことを聞かされていた。清太は節子が愛しくなって泣いた!しかし、この防空壕が子供らに見つかり、「こんな雑炊喰っているぞ」「カエルを喰っている!」と荒らされた。いつ襲われるかと心配になった。
清太は百姓のところに米を買いに行くが、売ってもらえなくなった。
米は配給だから伯母の家に帰った方かいいと言われる。清太にはそれができなかった。空襲で逃げ出し、そこにあった柿を喰った。
清太は空襲で空家になった家に入り、カボチャを盗んで「ヨーカンのように上手いぞ」と節子に与えるが、食べない。
節子の体全身にシラミがついていることを知った。背中が真っ赤に腫れあがっている。そして「身体がおかしい!びちゃびちゃ出る」という。
清太は「何か食べさせたい!」とサツマイモ畑に入り、畑主に捕まって警察に突き出された。お回りさんが「未成年者に対する暴行者だ」と畑主を脅し、逃がしてくれた。
節子が迎えに来て、泣いて喜ぶ。清太も泣いた!節子が「お兄ちゃんどこにいった?お医者さんを呼んで!」という。清太は節子の命は短いと感じた!そして泣いた!
清太は空襲時、逃げ出した家に入り込み盗みを始めた。
布を盗んでも、母の形見だと金にして帰ってきた。帰ると節子が倒れていた。
節子を医院に連れて行った。
医者は栄養失調だと診断。薬を頼んだが、「滋養つけなさい」という。どいやってつける?
医院からの帰り氷屋が残した氷を節子に食べ冴えた。美味しいと食べた。何が食べたいと聞くと「刺身、トコロテン、アイスクリームが食べたいという。清太は貯金を降りして食べさせると銀行に急いだ。
銀行で清太は日本は戦争に負けたことを知った。連合艦隊は沈んだと聞き「父は死んだ」と思った。
防空壕に戻りと節子がドロップスと間違えてオハジキを食べていた。吐き出させ、西瓜を食べさせた。節子は「おにいちゃんおおきに!」と言った。
節子が目を覚ますことはなかった。
卵の入ったおかゆを食べないままでの死だった!嵐の中で清太は節子を抱いていた。
〇清太は炭を買ってきて、節子を荼毘に伏した。
天気のよい日だった。清太は炭を買いに街に出た。蓄音機から音楽が流れてきた。
防空壕に戻ると荒れていた。節子が踊り、ブランコで遊び、七輪で火を起こし団子を食べ、縫物をして手に針が刺さり・・・と自分を待つ節子の成長した姿を思い起こした。清太は節子の荷物を整理しコオリに詰めて、節子と一緒に火をつけた。もうもうと煙が立ち上った。蛍が沢山とんだ!
清太は節子の骨をドロップスの缶に詰め、ここに二度と戻ってくることはなかった。

清太と節子がベンチに座り、今の神戸の夜景を眺めていた。(冒頭シーンに戻った)
まとめ:
当時、空襲に遭った人はだれもが体験したエピソード。思い出一杯で泣けた!
戦争の痛み悲しみは一杯描かれているが、どの作品にも出てるものだった。
これをどう後世に伝えるか?
清太は幼い節子を泣かせたくなかった、食べさせたかった、笑い顔を見たかった。これが清太の生き甲斐だった。伯母の家を出て、貧しいものを食べてもふたりでくらす防空壕生活が幸せだった。しかし、食べ物がなくなり病に苦しむようになる。農家に頼んでも売ってもらえない、医者に行っても薬はない。ふたりの困窮状況を知っても大人が手を貸してくれることはほとんどなかった。唯一、手を貸してくれたのは芋泥棒で捕まったとき見逃してくれたお回りさんだけだった。
高畑監督は大人の関与がなくなることが一番怖いと訴え、戦争の悲劇を説いた。
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