
ロシア・フランス・スイス合作。作曲家ピョートル・チャイコフスキーと彼を盲目的に愛した妻アントニーナの残酷な愛の行方をつづった伝記映画。
ロシアではタブー視されてきた「チャイコフスキーが同性愛者だった」という事実と、「世紀の悪妻」の汚名を着せられたアントニーナの知られざる実像を、史実をもとに大胆な解釈を織り交ぜて描き出したもの。
同性愛者チャイコフスキーと世紀の悪妻と言われる妻の話、これに興味にそそられました。(笑)
面白かった!
監督はロシアの鬼才と称せられるキリル・セレブレンニコフ。国からの演劇予算の不正流用を疑われて詐欺罪で起訴され容疑取り消し裁判の決着後にロシアから亡命し、現在はドイツなどを拠点に活動を続けている。この経歴から彼は何を描きたかったか?
絶対的な男性優位社会にあってアントニーナは愛のある家庭を持ちたいと持参金を持って貧乏作曲家チャイコフスキーと結婚。しかし、自分のセクシュアリテがバレては困る、何よりも名だたる作曲家としての矜恃を重んじ、策略を講じて離婚を迫るチャイコフスキー。まるで権力と民族の戦いを呈する。この戦いは現在のロシア、女性軽視社会の問題といっていいのではないでしょうか。アントニーナを悪女にしたのはチャイコフスキーだと思いました。
監督・脚本:キリル・セレブレンニコフ、撮影:ウラジスラフ・オペリアンツ、編集:ユーリ・カリフ。
出演者:アリョーナ・ミハイロワ、オーディン・ランド・ビロン、バルバラ・シュミコワ、オクシミロン、アンドレイ・ブルコフスキー、ニキータ・ピロズコフ、グルゲン・ツァトゥリャン、ユリア・アウグ、ピョートル・アイドゥ、他
物語は、
女性の権利が著しく制限されていた19世紀後半の帝政ロシア。かねて同性愛者だという噂が絶えなかった作曲家チャイコフスキーは、世間体のため、熱烈な恋文を送ってくる地方貴族の娘アントニーナと結婚する。しかし女性に対して愛情を抱いたことのないチャイコフスキーの結婚生活はすぐに破綻し、愛する夫から拒絶されたアントニーナは孤独な日々のなかで次第に狂気に駆られていく。(映画COMより)
あらすじ&感想:
〇1893年、サンクト・ペテロブルグ(チャイコフスキーが亡くなった年)、
チャイコフスキー(オーディン・ランド・ビロン)はペストに罹ったという噂があった。彼の屋敷には大勢の人々が駆けつけていた。アントニーナ(アリョーナ・ミハイロワ)は夫が亡くなったと聞き、葬儀屋(ピョートル・アイドゥ)に相談し、花輪に“故人を崇拝する妻より”のリボンをつけ、彼の安置室に駆け付けた。
なんとチャイコフスキーが立ち上がり、「なぜあの女がいる。誰が呼んだ!あの目つきは私が憎いか!お前が欲しいのは妻の座だけだ。こんな茶番を演じるのが私の人生とは!」と嘆く。アントニーナは涙し天を仰いだ。チャイコフスキーを最期まで悩ましたのがアントニーナと離婚することだった。
19世紀末のロシアでは離婚には教会が厳しく皇帝か裁判所の許可が必要だった。しかし、妻の名は旅券に記載され、選挙権はなかった。
1972年、モスクワ。
〇チャイコフスキーは富豪たちの演奏会で演奏していた。
チャイコフスキーはピアノも上手いが気さくで人気があった。アントニーナは「父親の遺産で母親は悠々自適だが、娘はこき使われている」と噂されていた。

アントニーナはピアノ奏者の人柄が気にいった。叔母に紹介してもらい「音楽院に行きたい」と訴えた。彼は「結婚した方がいい」と応えた。
アントニーナは音楽院に入ってチャイコフスキーの授業を受けた。
アントニーナは楽団の指揮する彼を見て威厳を感じた。事務所に聞き合わせ彼がチャイコフスキーであることを知った。
〇アントニーナは人生で初めてラブレターをチャイコフスキーに書いた。
チャイコフスキーが来ると返事がきて、アントニーナは床を磨き、ベットを整理して彼を迎えた。
アントニーナが「初めて会ったときからお慕いし、あなたに抱き着いてキスして生涯を共にしたい。有名人だからでなない」と切り出した。チャイコフスキーは「私はかなり年上だ(32歳)。退屈するだろう。それに裕福でない、経済的な問題で創作活動に支障がある、音が浮かばない」と返事した。曖昧な返事だった。
アントニーナは「持参金と土地があります。あなたは他の人と全く違う。わたしが幸せになれるとしたらあなただけです。だから守りたいし、苦労させたくない」と応えた。しかし、チャイコフスキーは「悪いが失礼する。あなたは舞い上がっている。自重しなさい」と帰って行ってしまった。チャイコフスキーの答えは曖昧だった。アントニーナは「私は永遠にあなたのものです」とラブレターを送り続け教会で祈った。
教会で夫に捨てられ狂った女(ユリア・アウグ)に出会った。
女は「夫は一度も優しくしてくれなかった。私は奴隷、あいつは暴君だ。世間で虐げられたあいつはその怒りを渡しにぶつける。くたばれやがれ!神の前で誓った夫婦、それがなんだ、反吐が出る。行く先は墓場だ。さっさと墓場に行け!私はあいつの妻だ。そう言っているだろう」とオッパイを出しアントニーナに迫った。
アントニーナにはこの女の気持ちが強く残った。これだけではない!この女の気持ちは当時のロシアの女の気持ちを代表していた。
アントニーナは「心の底から愛しています」と迎えた。チャイコフスキーは「女性を愛したことは一度もない。熱い恋心を抱くには年をとり過ぎた。しかし、静かで穏やかな愛なら別だ。兄妹のような愛だ。君は受け入れられるか?普通の生活はできない。欠陥だ!」と話し、アントニーナの答えを待った。アントニーナは「全てを受け入れます!」と応えた。
アントニーナの母親は全く聞く耳を持たなかった。姉に「1万ルーブル必要だ」と話すと「私に相続分を譲る」と工面をしてくれた。
1877(明治10年西南戦争の年)、モスクワ、
アントニーナは誓の言葉を神妙に聞き心打たれた。そして晩餐会に臨んだ。豪華な食卓ではあったが、葬式のようだった。チャイコフスキーが「父に会うため明日、サンクト・ペテロブルグに発つ」と伝えた。

列車の中でチャイコフスキーの友人たちに会った。
チャイコフスキーがアントニーナを「妻」と紹介するが、「冗談だろう、独身主義のはずだった」という。アントニーナが「愛の力です」と答えると不思議そうな顔をした。
サンクト・ペテロブルグ駅に着くと、
チャイコフスキーは「家に帰ったらオペラを書く」と言い出す。そして「珊瑚のペンダントは偽物か」と聞く。「本物ではないが粉末にして作られているから本物とも言える」と答えた。「ピヨートル!」と知人や学生が近付いてくる。皆さんお金に困っているようだった。
実家に着くと弟のアリョーシア(ニキータ・ピロズコフ)が「オペラは完成せず、心配ごとばかりだ」と不平を漏らす。アントニーナが「森を担保にいれるから」と安心させた。アパートを借りる金がない。チャイコフスキーは仕事のこととお金のことしか頭にない!夜になってもアントニーナを抱く気はなかった。
〇モスクワに戻りアパートを借り新婚生活が始まった。
アントニーナは家政婦にお金を盗まれチャイコフスキーに相談するが我関せずとピアノを弾き作曲作りに励む。「写真を撮る。30分経ったら戻るから着替えをしておけ、赤いドレスは嫌いだ」と出かけた。

写真を撮ったあと、ホテルの食堂に立ち寄った。
チャイコフスキーの友人たちがいて、ダンス、歌、酒で溢れていた。チャイコフスキーが「アントニーナは音楽の専門家だ」と紹介した。アントニーナは「卒業してない」と訂正。すると「ピヨートルは幸せ者だ。崇拝されている」とゲイのニコライ(グルゲン・ツァトゥリャン)が褒め、アントニーナに「あの男から逃げるのよ!乾杯しよう」と声を掛けてきた。アントニーナにこの言葉が刺さった!
アパートに戻り、アントニーナは体に香水をかけチャイコフスキーの寝室に忍び込んだ。
アントニーナは寝ているチャイコフスキーの上に乗り、求めた。が、「やめなさい!」と逃げ出し、アリョーシアを呼びふたりで出て行った。
アントニーナがピアノを弾いて心を鎮めていると電報が届いた。電報には「サンクトペテルブルクで急遽仕事だ。すぐ乗る」とあった。
男たちがアントニーナをじろじろ眺める。その中で必死にチャイコフスキー探すが見つからなかった。
するとそこにアリョーシアが現れ「兄は具合が悪い。それで僕に頼んできた」と言い、「ルビンシテイン(オクシミロン)が会いたがっている」と伝えた。アントニーナは「そんな偉い人が!」と驚き、会うことにした。
〇そこにはルビンシテイン、チャイコフスキーのふたり弟、弁護士が待ち構えていた。
アリョーシアが「精神病で病院に連れて行った。かなり進んでいる」と言った。ルビンシティンが「神経衰弱の直前だ。鬱になると曲が書けない。彼の音楽はロシア全体の財産、いや世界のだ。彼と離婚してくれ、弟さんと決めてくれ」と切り出した。アントニーナはチャイコフスキーの妹サーシャ(バルバラ・シュミコワ)に預けられることになった。
1877年、キーユ近郊カメンカ、
〇アントニーナはサーシャのところで世話になっていた。
サーシャは沢山の子持ちだった。アントニーナは子供たちにピアノを弾く。サーシャは「あなたは優しいのになんでそんなことに、兄はもう必要なくなったのよ。ここで誓ったの、生き方を変えると。結婚式も見せかけだったと」という。アントニーナは「私を捨てたら許さない」と応えた。するとチャイコフスキーの手紙を見せた。
「妻との生活は苦痛だ。毎日が地獄だ。結婚願望を愛と誤解し私を縛りつけている。二度と一緒に暮らしたくない。私の実家まで奪おうとしている。出て行くように言ってくれ!」とあった。サーシャは「女性でなく若い男が好きなのよ。離婚した方がいい。あなたは不幸になる」とアントニーナに離婚を薦めた。アントニーナは「彼を許さない」と離婚を拒否した。サーシャはここを去っていった。
〇アントニーナに弁護士が離婚の署名を薦めた。
弁護士はアントニーナとセックス。「この家は君のものだ。弁護士として要求した。彼らは嫌がった。弟はもったいぶって誠意を示すと言っている。君が署名するだけだ」と離婚を薦めた。
1877、モスクワ、
こちらの弁護士が「正式な離婚を求ている」と宣誓書を相手の弁護士に見せた。
相手弁護士が「あなたの署名で合意は成立します。あなたの夫が不貞を働いた」と説明した。これにアントニーナが「事実と違う。不貞なんてありえない、署名できない」と拒否した。弁護士が「それでは慰謝料がもらえません」と署名を促す。
アリョーシアが「1か月100ルーブル。一括では2万ルーブル。条件は二度と兄に会わないこと」と慰謝料を提示した。ルビンシティンが「ピヨートルは本当に困っている。あなたとは暮らせないと改めて確信している」という。
相手弁護士から「離婚するには理由がいる。不貞にするしかない」と聞かれ、アントニーナは「私には無理!」と返事した。「あなたには非はないが夫が不貞を働いた。これを認めて署名を」と求めてくる。アントニーナは「何を言われても彼ほどの才能を持つ人が下劣な人間のわけがない」と拒否した。
アリョーシアが「弁護士は愛人だろうが!」と言い始めた。アントニーナは「離婚しない、私はチャイコフスキーの妻!」と大声で宣言した。
離婚調停が逆にアントニーナのチャイコフスキーを愛する純真な心に火をつけた。
〇アントニーナは「誰にも相談できない」とゲイのニコライを尋ねた。
ニコライは「もう戻っては来ない。騒ぐのはバカ。彼は天才よ、何をしても許される。天才は凡人の妻ではだめなの!」という。
「相手には普通がいい」と5人の男を部屋に入れ、全員を素っ裸にして男根をアントニーナに見せた。アントニーナは「天才に許される?」とひとりの男の男根を握りしめ、ニコライを部屋か追い払った。このあとどうなったか?

〇アントニーナは実家に帰り母に実情を話した。
母は「お前は利用された。離婚しなければ惨めになるだけだ」と離婚を薦めた。姉がアントニーナを支持した。
〇アントニーナは音楽会劇場でチャイコフスキーを捉まえることにした。
洗面所でチャイコフスキーを捉まえた。「私を愛してないのは知っている。でも私は貴方を愛している。あきらめられない!なんでもいいから側に置いて!」と迫った。
が、チャイコフスキーに逃げられた。
アントニーナは夜起き出し、男性下着に「私を愛するように!」と呪いをかけ、これをチャイコフスキーに送ることにした。アントニーナの精神はもはや正常ではなくなっていた。
慰謝料の2カ月分を支払いにやってきた相手弁護士に呪いをかけた下着を「チャイコフスキーに」と渡し、演奏会の招待券を求めた。
アントニーナは弁護士の子を出産した。名前をピヨートル・ペテローヴィッチとつけた。
演奏が終わったチャイコフスキーはフアンから「“ダンテの地獄”がよかった」と称賛の言葉を贈られていた。そこにアントニーナが顔を出した。別の部屋でふたりは話し合った。アントニーナが「私と出会って最高のオペラ“オネーギン”を書いたがその後の作品には愛がない」と話しかけた。チャイコフスキーは「問答無用だ」と応えた。
アントニーナが「皇后陛下に嘆願書を出す。生前財産分与を受ける手続きをする」と話した。チャイコフスキーは「恥の上塗りだ!チャイコフスキーの妻が嘆願を出すとは。人前に来るな!」と怒った。アントニーナは「ユダヤ人の弁護士に会わずに済む」と屁理屈を言う。チャイコフスキーは「裁判にかけたいのか。私を貶めるのが望みか」と聞く。「それが望みならとっくにそうしている。あなたの名声に傷つけた?私は悪者ではない。あなたは私のもの。私なくしては生きられない」とチャイコフスに迫った。

アントニーナが皇后陛下を担保にチャイコフスキーを甚振る。これが悪妻の評価になったか!
〇アントニーナは同棲していた弁護士の最期を見とどけた。
弁護士が亡くなる間際、「埋葬してくれるか?」と聞く。アントニーナは「もちろん」と応えた。「君はどうするんだ?」と聞かれ「夫がいます」と応えた。葬儀屋によって遺体が運び出される際、アントニーナはピアノを弾き、「この気持ち分る?どんなに会いたくて苦しかったか」とピアノの音で別れを告げた。アントニーナの精神は弁護士とチャイコフスキーの区別ができなくなっていた。
アントニーナは深い眠りの中にいた。
アントニーナは子供3人を連れチャイコフスキーの墓を尋ね、一緒に家庭写真を撮った。チャイコフスキーは喜んだ。そのとき、ドアを強く叩く音!
アパートに火災発生、アントニーナは助かったが、子供たちを失った。
1893年、モスクワ、
アントニーナは相手弁護士が差し出す書類に署名し、「私の不幸はすべて彼のせい!彼は苦しんで本望。苦しみ、藻掻いても誰も助ける人はない」と告げた。
暗い部屋でアントニーナは「ひとり生きて、藻掻いて、夜が明けることはなかった・・・」と歌い踊った!アントニーナは完全に狂っていた!
アントニーナは街を彷徨。チャイコフスキーがコレラで亡くなったという新聞を手にした。
エンドロールで、
実際のアントニーナは別居後40年間、夫に会うことなく1917年に精神病院で亡くなった。市内の暴動のため数日間葬儀はできなかったと。
まとめ:
チャイコフスキーとアントニーナの離別は別居以降会っていない。したがって、これ以降は監督独自の大胆な史的解釈となっている。ここに描かれるのはチャイコフスキーが権威を笠に逃げるシーンばかり。
Wikipediaには数行しか記述にないチャイコフスキーのスキャンダル。ここまで掘り下げロシアの闇を炙り出していた。
彼女のチャイコフスキーへの愛情は純粋だった。女優アリョーナ・ミハイロワを抜擢して演じたことに意味がある。この透明感。美しさ、強い意志によくでている。当時、チャイコフスキーは沢山の学生、支援者を抱え派手な生活を強いられ経済的に困窮、ホモセクシュアルを隠してアントニーナと結婚した。
アントニーナは愛のためチャイコフスキーの身体を求め、チャイコフスキーは逃げ出した。彼女が初夜を持つことはなかった。チャイコフスキーは何故きちんと説明しなかったか。彼女は側にいるだけで満足できる人だった。
アントニーナの結婚観には教会で出会った狂った女の言葉があった。
これはロシア女性の男性への怒りだった。このシーンのためにわざわざ名優をもってくるという配慮がすばらしい。
時代を象徴する描写が凄い!
闇を表現するため、夜の灯りはローソクとランプのみ。その中で見えてくる市民の貧困。裸体で迫る男根社会。これには驚いた!
ラストのアントニーナが狂って歌い踊るシーン。
アントニーナの悲しみだが、苦しみから解き放たれた自由への賛歌かもしれない。キリル・セレブレンニコフ監督の今の心境だと思った。
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