
第2次世界大戦中にイタリア海軍の潜水艦コマンダンテ・カッペリーニが敵国船の乗組員を救助した実話をもとに、戦時下でも失われることのなかい海の男たちの誇りと絆を描いた戦争ドラマ。余談になりますがこの潜水艦は数奇な運命をたどり紀伊水道に沈んでいると聞き驚きました(ウィキペディア)。(笑)
イタリアに潜水艦があったのかというぐらいの感覚で観始めました。(笑)それが日露戦争のける明治天皇のお言葉から学んだ彼らのやり方だったというからにんまりでした。(笑)NHK製作「坂の上の雲」をもう一度見直したいと思いました。
典型的なイタリア人の映画だと思った。女好きで、食道楽、楽観家で大袈裟さ。(笑)戦場ドラマでありながらオペラ風に作られている。(笑)気軽に観れる作品ですが、戦争アクションなど期待しない方がいい。
監督:エドアルド・デ・アンジェリス、原案:ドアルド・デ・アンジェリス、脚本:サンドロ・ベロネージ エドアルド・デ・アンジェリス、撮影:フェラン・パレデス・ルビオ、編集:ロレンツォ・ペルーゾ、音楽:ロバート・デル・ナジャ。
出演者:ピエルフランチェスコ・ファビーノ、マッシミリアーノ・ロッシ、ヨハン・ヘルデンベルグ、ジュゼッペ・ブルネッティ、ヨハネス・ウィリックス、マルオ・ルッソ、他。
物語は、
1940年10月。イタリア海軍の潜水艦コマンダンテ・カッペリーニは、イギリス軍への物資供給を断つために地中海からジブラルタル海峡を抜けて大西洋へ向かっていた。その途中で遭遇した船籍不明の船を撃沈するが、それは中立国ベルギー船籍の貨物船カバロ号だった。コマンダンテ・カッペリーニのサルバトーレ・トーダロ艦長はカバロ号の乗組員たちを救助して最寄りの港まで運ぶことを決めるが、そのためには自らと部下たちを危険にさらすのを覚悟の上で、潜航を諦めて無防備状態のままイギリス軍の支配海域を航行しなければならず……。(映画COMより)
あらすじ&感想:
冒頭で「海上では誰もが神からの救いの腕一本の距離にいる」としてウクライナ人艦長に救われたロシア人遭難民を紹介している。(を3月)
〇サルバトーレ・トーダロ艦長とはいかなる人物か?
冒頭、トーダロ艦長(ピエルフランチェスコ・ファビーノ)が海戦で敗れ艦から海中に身を投げ脊髄を痛め、医師の勧めできついコルセットを装着するシーンから始まる。
トーダロ艦長には美しい妻いた。 リナは「怪我はあなたには言い薬!」とモンテネグロの田舎に引っ込み、子作りの励むというシーンからスタート。(笑)トーダロ艦長は勇猛果敢な海軍少佐。無鉄砲だが情に厚い、これは妻だけでなく部下に対しても同じ。“指揮官向き”な人。
夫婦で風呂に入るシーンがいるの?
実はこの物語はトーダロ艦長が何時亡くなってもいいように妻に遺言を残す形を取っている英雄譚です。実際に出航してから亡くなるまでの2年間、奥さんには合えなかったようです。それにしても奥さんのヌードを出さずともよかろうと思います。(笑)余談になりますが、艦長が着けるコルセットは研究する必要があります。現在の日本にはいいものがない。
〇1940年9月29日、ラ・スペツィア海軍工廠からコマンダンテ・カッペリーニが新任務の出航。
ラ・スペツィア、地図で見てください。横須賀に似ている。防備上、最高の軍港です。トーダロ艦長は「1カ月間、イギリスに物資支援する船舶の撃破」という新任務を持って出動。イギリスのダンケルク後退が同年5月なので大西洋での活躍の場があった。しかし、ジブラルタル海峡を通過して大西洋に出ることが当面の大きな問題だった。このため、副艦長として老獪なヴィットリオ・マルコン(マッシミリアーノ・ロッシ)を選んだ。

艦の特性:全長73m、幅7m、100mm砲2機、13mm2連装機銃2機、魚雷発射管全部に4門、後部に4門、533mm魚雷12本、搭載、砲弾300発(陸軍火砲の1日分)、機関銃弾3000発。
軍港に水兵たちが集まり、出航する様子がオペラ風に描かれます。
恋人を抱き、最後の別れをして軍港に急ぐ。その輪が次第に大きくなり、艦長の集合の命令がかかる。
艦長は乗員の顔色を確認しひとりひとりに声を掛け「いざというときに使う」とナイフを渡す。不適者と見れば即任務を解く。こういう指揮官は少ない。海上自衛官幹部、このくらいの指揮官を目指せ。そして訓示、これが長い!これだけは褒められない!(笑)映画の見せ場が少ないためかここで稼ぐという感じ。(笑)

「私はイタリア人だ。能力のある王も、多い夏権威もなく統帥の密引きもないが私がいる。母ではないがマルコムがいる。そして料理人のジジーノ・マグニフィコ(ジュゼッペ・ブルネッティ)がいる。この艦は最高の艦だ。そして敵英国海軍の強さを強調し、恐れるな!恐れを愛せ!ものにせよ!」と檄を飛ばして終わった。
3人の女性に送られて出航!
まずはジブラルタル海峡の通過についてマルコム副艦長と調整。この調整を伝声管で艦内に流し徹底する。これには驚いた。この作品はイタリア海軍の全面協力を受けているというから意志徹底にこういう手段を使うらしい。鳥の尻の穴を通るほどの難しさという。(笑)
次に乗員の勤務部署を尋ね状況を掌握する。
音楽は何を聞くか、何が好きかetc.料理長のジシーノには毎日献立を変え、イタリアの名物料理、材料が亡くなっても艦長の命だと言って何でもいいから名物料理名をつけろと指示した。
〇1040年10月5日 ジブラルタル海峡を通過。
予想通りイギリスの駆逐艦の追跡を受けた。水深120mを目標に潜る。敵の魚雷が頭上で破裂する。炭素濃度の上昇、バッテリーが上がる、ヒューズが飛ぶ、死傷者の発生etcと状況悪化。しかし、「眼下の敵」(1957)ほどの緊迫感はない。(笑)

20mまで浮上。敵の魚雷網に阻まれる。マルコム副艦長がARO呼吸器を装着して艦外作業で魚雷網切断を準備していると、「艦長何んで私に命じない?」とヴィチェンツォ水兵がこの役を買って出た。これはトーダロ艦長の統率の凄いところ!
ヴィチエンツォ水兵の犠牲により敵魚雷網を掻い潜り抜けて浮上、大西洋に出た。
乗員は甲板で新鮮な空気を吸い、タバコを吸う。電池の充電、ヴィチエンツオ他1名の水葬を行なった。
大音響で音楽を鳴らしながら洋上航行中、イギリス機の爆撃を受けた。潜航する時間はない、ムラルシア射撃手が13mm2連装機銃で撃ち落とした。艦長自らが「勲章を与える資格がないので私を君づけなしで呼び資格を与える」とムラハシル射撃手の負傷を手当した。(笑)
その夜、トーダロ艦長は妻のリナに当てた長い手紙を書いた。
艦内は飲料水が少なくなり、料理もニョッキは無理になった。リヴォルノ人とシシリア人は異国人というより異星人同志で言葉も気質も異なるが融合し国の宝になっている。自分の十字架は彼らが作ってくれている。我々の戦闘を誇りに思う。この誇りを子に伝えて欲しい。
〇1940年10月15日 中立国ベルギーの貨物船カバロに遭遇、交戦状態になる。
貨物船を発見!マルコン副艦長か「潜って魚雷を発射したら」と具申したが、火砲に弾を装填し接近、1000mまで接近したところ貨物船が射撃したので応戦した。
砲弾は命中し輸送船は炎上。さらに魚雷を発射した。接近すると「ベルギーの船です」という声が聞こえた。敵機による空襲の可能性を最警戒し、救助するかやり過ごしか考えた。
二等航海士のジャック・レクレルク(ヨハネス・ウィリックス)を確保し、通訳ができることが分かり、貨物船の状況を確認した。遭難者は救助ボートの2隻と、潜水艦にすがりついてる若干名だった。
〇カッペリーニで牽引することにした。
食料、水、毛布、コンパス非常要品を与え、アゾレス諸島のサンタマリアへ牽引することにした。そしてこの射撃戦で命を落とした2名の兵士の水葬を行った。
ボートの中では「我らにつくというから武器を輸送したが、イギリスは消えた(裏切った)我々を撃沈したのは汚いファシストどもだ!」とイタリア艦に反感を持つものもいた。
夜間、大波を喰らいボートの遭難者が海中に放り出されるという事故が発生した。

〇トーダロ艦長は遭難者をカッペリーニに収容することに決めた。
艦内に彼らを陸まで送りとどける決意を伝えた。
「我々は自己犠牲の精神を発揮する道を選ぶ。このために軍隊に入ったのだから。しかし見知らぬ者を助けるためにイギリスの爆撃に晒すこととは別だ。中止を装いつつ、助けるだけでなく、晴らを陸に届ける。犠牲をいとわず、我慢の限界まで自分を追い込む」と。
通訳レクレルクを通して遭難者にメッセージを送った。
「遭難者を送り届ける。最も近いアゾレス諸島サンタマリアまで300マイル。速度6~7ノット。ともに48時間を共に過ごす。私は軍規違反を犯しているが全責任を負う。我々は敵艦と容赦なく恐れることなく沈める。だが、人間は助ける」と。
フォーゲル艦長が自分と同室、フェルナーレ少佐はレクレルク通訳と同室、数人は、甲板の船倉、3人は手洗い、5人は厨房立ったまま、甲板倉庫ついては3時間こと交代制とすると収容場所を指定した。言うまでもなく敵が現れたら本艦は乗員を守るため潜水する。
甲板倉庫の3名がしぶきを浴びて震えあがっている。耐えるしかない!
最後にトーダロ艦長がこれを決断したのは自分のものではなく日本の明治天皇のものだと明かす。
1904年日露戦争の始まった時に発せられた「通常の生活が続けられ、各々義務を果たすべし」と。意味不明で訳が悪過ぎる。「如何なる戦況にも最善を尽くせ!ではなかったかと思う。
艦内に収容の遭難者2人によるカッペリーニ破壊工作が発生。
ふたりは艦の電源室に入り電源盤を破壊しようとしたが乗員に阻止され失敗に終わった。トーダロ艦長はふたりにピンタを喰らわすことで許すことにした。ピンタをヴォーゲル艦長に命じたが、殴らないのでトーダロがヴォーゲルを撲り倒した。

〇イギリス艦が出現。
見張り兵がイギリス艦を発見。砲撃を加えてくる。震える甲板倉庫の3人。マルコン副艦長が潜航を進言!
トーダロ艦長は進路をそのままに減速を命じた。そして無線で電報を送った。
「カッペリーニ潜水艦艦長。我々はカバロ号の26人の遭難者を輸送中。3日前に我々が撃沈した船だ。安全港に輸送するためこのまま通されたい」と。
ムラルシア射撃手が「俺がやる」と甲板倉庫の3人を指しに走った。この人も隊長想いの水兵だった。トーダロ艦長が「対空配備につけ!」と止めた。

イギリス艦から攻撃中止の知らせがきた。
トーダロ艦長は妻ニナに「敗者の前に頭を垂れる船乗りほど偉大なものはない。今日、我々と我々の敵は共にお互いを助け合った」と手紙を書いた。
全員にイタリア料理を振る舞いたいが食材がない。
ベルギーの名物料理は何かと聞くとポテトフライだという。ジシーノは作り方を知らない。レクレルクの指導でポテトの皮むぎをして細切りにし、牛の油で揚げて、全員で食べた。これほど美味いものはなかった。
〇1940年10月19日 アソレス諸島サンタマリア ウイラ・ド・ボトル港に入港。
フェーゲル艦長が「イギリス機を運搬していたのに何故捨てなかった」と聞く。トーダスは「戦争だから、イタリア人なので」と答えた。
フェーゲルが「私には4人の子がいる。ぜひお名前を聞かせて欲しい。父を救った人を祈らせます。ありがとうございました」と下船していった。
カッペリーニは彼らに送られ次の作戦に出発した。
「私も覚悟が出来ている。出会う敵は全てを撃ち沈めるべき、そして無敵になるべく動く。しかし、彼らの命を救う時は、これは海の習わしだ!これからもずっと!これが出来ないものは呪われる」と。
まとめ:
ストーリーは面白かった!日露戦争からの教えだというのが気に入りました。
トーダロ艦長は人情味のある艦長できっと船乗りには気に入る人物ではないでしょうか。演じるピエルフランチェスコ・ファビーノはイタリアで人気の俳優さんのようですがちょっとコミカルなところもあってなかなかの熱演でした。
日露戦争における東郷連合艦隊司令官は「戦闘力を失いたる軍艦の遭難者もしくは艦員として生命を喪失せんとする場合は直ちにこれを救助」と示しており、多くのロシア兵を救ったと聞く。世界に誇るべきことです。これがイタリアにも伝わっていたと思われます。自衛隊ではしっかりジュネーブ条約を教えるようになっている。日本の中ではもっとも平和を愛する人たちだと思います。
戦争がなくなるのが一番ですが残念なことになくならないでしょう。しかし、敵にも家族や恋人がいる、戦意を喪失すれば助けるのも兵士の務めです。ウクライナの早期停戦を願ってやまない。
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