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とらわれて、生きる。

わたしは自他ともに認めるマザコン

50歳をいくつか超えているのに我ながら気持ちが悪い。

だからと言って、母がむちゃくちゃ素敵な理想のママだったかというとそうでもないし、愛情を乞わせるほどのひどい母親だったかというとそうでもない。

 

多分、普通の、ごくごく普通の母親だと思う。

 

母が50歳の誕生日の直前に脳内出血で倒れた。

二十歳そこそこだったわたしにとってこの時から母は『守るべき人』になる。

幸い、発見が早かったので後遺症もなく回復していった。

このまま母のそばで、母を守りながら地元で暮らすのかと思っていたら、両親から『親のために夢半ばで諦めさせるわけにはいかない、できるところまでやっておいで』と背中を押され、もう一度上京することになった。

そうやって送り出してもらったのに、戻ったところでわたしの居場所はなく、新しい場所を求めるほどの熱さも失われたころ、いまの旦那さんと出会って結婚してしまった。

 

両親は内心複雑だったと思う。

せっかく送り出したのに、思ってたのと違う結果になり、それだったら地元でいい人を探してもらった方が安心だったのに…!と父は思っただろう。

 

結婚が決まった時、母に『こんな世の中に子どもを作ったら子どもが可哀そうだ』と何度も何度も言われた。

わたし自身も結婚したら子供を作るもの!と思っていた訳ではなかったし、母が言うならそんなもんかもなと妙に納得した。

その3,4年後。

年下の従妹に子どもが生まれた時、母から『先を越されちゃったね』と言われて驚いた。

え?お母さんが子どもを作ったら可哀そうだって言ったんじゃん…。

喉まで出かかった言葉を飲み込む。

わたしの人生はわたしのものなので今更子どもを産んで育てようとは思わなかった。

母が言ったからわたしは子どもを産もうとしなかったわけじゃない、わたしが選んだ、わたしの選択。

母はわたしをコントロールしようとなんてしていない。

 

数年前の5月。

父から実は母は再婚で兄は母の連れ子だと聞かされた。

その前の年にわたしにその話をしようとした。そのとき、母が『なにを言っとる!酔っ払い!』と豹変して怒ったことがあった。

その反省もあってか、今度は母のいないところでこっそりと。

父と兄の相性の悪さとかわたしだけ父の親戚のところに連れていくとか、言われてみれば思い当たる節は無いこともなかった。

だた、母のとってわたしにだけは隠しておきたい事だっただろうにいくら夫とは言え暴露してよかったのか。

父には父の事情があっただろうけど、プライバシーの侵害にもほどがある。

 

 

20年前、年上の従妹が離婚再婚離婚を繰り返していることに対して、なんの同情も示さなかったことを母は知っていて、その冷たいわたしの言葉に傷ついたような表情を浮かべたこともあった。

わたしは料簡の狭い人間なのでそういった事情に対して冷淡だ。

その時はただ単に自分の娘の従妹に対する冷たさに傷ついたのだと思った。

そうじゃなかった。

母は母自身が娘の冷たい言葉に傷つき、隠していくことを決めたのだ。

 

50歳を前にして知ってしまった母の秘密。

それで何が変わるわけではないけれど、

ひとつだけ、合点がいったことがある。

母自身意識しての事ではなかったと思うけれど、わたしに『こんな世の中に子どもを作ったら子どもが可哀そうだ』と言ったのは、兄を守るためだったんだろう。

わたしに子どもがいたら父は多分何よりも誰よりも溺愛しただろう。とても分かりやすく兄や兄の子供と差をつけたと思う。

当事者であるわたしはそのことに気が付かず、兄や兄の子どもを無意識に傷つけていたと思う。

そうなった時、母はまた悲しそうにわたしを見るだけで何も言わず、兄と兄の子供ばかりを可愛がり、わたしを傷つけただろう。

 

兄に子どもが生まれた時は手放しで喜びこそすれ、間違っても『こんな世の中に子どもを~』なんて言わなかっただろうし、兄も母にそんな言葉言われてもを歯牙にも掛けずにいたと思う。

 

普通の、ごくごく普通の母親。

ひとの悪口が嫌いでお父さんが大好きで、わたしが電話をすると、声を聞かせてくれてありがとうと言って電話を切る。そんな母。

まさか娘が自分の一言にとらわれていたなんて思ってもいないだろう。

 

わたしは自他ともに認めるマザコン

50歳をいくつか超えているのに我ながら気持ちが悪い。

 

母の言葉に従わなきゃ。

自分で選択した『しなきゃ』

 

そのことに、

後悔はしてない。

傷ついてもいない。

ただ、気が付いてしまった。

その言葉はわたしのためにかけられた言葉じゃなかった。

ただ、それだけのこと。

 

 

数年後。

わたしは地元に戻る。

母にその話をしても、はぐらかす。

うちの旦那さんや仕事場の人は『お母さんは娘が帰ってくることを喜んでいるよ』と無邪気に言う。

だけど、わたしは知っている。

母は兄や兄の子供がいつか帰ってくると信じていることを。

そして、わたしが実家に帰るとそれがままならなくなるから帰ってきてほしくないことを。

だから、喜んでなんてもらえないんだ。

喜んでもらえないとわかっていても、仕方がない。

わたしは、母を守らなきゃいけないんだもの。

 

わたしが選んだ。

コントロールなんかされてない。

 

 




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