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令和四年 夏至  菖蒲華 あやめはなさく

夏至

  菖蒲華

 あやめはなさく

 

菖蒲の花が色鮮やかに咲く頃。です。

 

わたしが子供のころ、実家の庭に咲いていたのを思い出します。

父も母も、あんまりお庭を整えるということに熱心ではない人です。

それでも、ミカンを植えたりお花を植えたりしたのは、後ろ盾がいない二人でもちゃんとできるんだということを見せたかったからなんだろうなと思います。

 

父は幼い時に両親を亡くし、母方の親戚に育てられました。

遺産相続からはみ出ててもおかしくないだろうに、ちゃんと父方の親戚は父に土地を相続させてくれました。

母は満州から引き揚げてきて、何もないところからの出発の人でした。

だから、土地はあってもその土地をどう生かすかなんて素養がなかったんだと思う。

なぜだか、庭先にスズランが咲いてたり、菖蒲があったり、紫陽花があったりとちぐはぐなお庭でした。

やっぱり、おじいさまやおばあさまがいるお宅のお庭は日本庭園ほどではなくても、もうちょっとバランスとかテーマとかがはっきりしていたように思います。

 

結局、庭を愛して整えたんではなく、できるんだというところを見せつけようと思って作られた庭は、長続きするものではなかったようで、スズランも、菖蒲も、ミカンも、紫陽花も、枯れたり処分されていきました。

 

だから、ほんの少しだけ、菖蒲を見ると切なくなります。

両親ともに、お花を丹精する時間もなく働いて働いて働きづめで。

今やっと、そういう時間ができたのに、時間と土地を持て余している。

 

なんだか切ない思い出の花、菖蒲なのです。




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