
『安藤広重・東海道五十三次・原宿 朝之富士』
さて本日は旅も最終日 朝は結構冷え込みまして目が覚めました 羽毛の寝袋の中にいると暖かいねんけどな 昨夜は夜空の下でしたので シェルターの結露がすごいです
スイミングで使うセームタオルで結露を拭きとり またタオルを絞っておけばカラカラになるんで シェルターで寝る時はマストアイテムです 乾くととても軽いですしね

春霞ですガア 早朝はこんな感じで 富士川に架かる鉄橋とマウントフジヤマもビューティフォー! 登ろうとは思いませんが Silhouetteとして美しい山ですね
水滴を拭き取り撤収してカモンレッツゴー千秋楽 街道は富士川沿いから山あいに入り込んでいきます これはなんでかな~?と思ってましたが 後程わかります
クネクネした道ですが 常夜灯があり街道筋の集落だった事がわかります この灯籠に火が灯るとかっこいいんだろうね 途中何度か東名高速や新幹線を渡ったりくぐったり


時折地面に旧東海道の案内が出ますが ずっと出るワケじゃないところが もどかしい
やがて蒲原宿へ ココは昔の街道筋を色濃く残す 小さな宿 王子は富士川の増水で『川止め』になると渡れない旅人で賑わったそうです 約3kmの宿場町が続きます

入り口の古民家でお仕事をされてるお婆さんがいたので お話を伺いました 渡邉家 木材商から屋号は木屋 どうやら天保10年にできた古い蔵のあるお宅です
なんでも昨日はお稲荷のお祀りがあったとの事 この宿も昔から何度も冨士川の氾濫や津波に飲まれ その度に海から離れ 北側へ北側へと付け替えされてきたとの事
『だからあなたは山あいの道を歩いてきたのよ』と教えていただきました


蒲原宿を出ても 江戸風情を残す家屋が点在する旧東海道を 由比宿へ

本陣跡 カフェや広重の美術館も併設 この界隈のランドマークになっています
こちらの本陣がすごい立派で ビジターセンターみたいに整備されています 御手洗いを借りて少し休憩しました なんとま! お向かいには染屋がありました
実はボクは社会人になって就職した先が 老舗の旗屋さんでしたので 所謂 印染業界にいたのです 出張で地方の染屋さんによく伺いました 女将と話が弾みました
江戸初期創業の染物屋 正雪紺屋 江戸期に幕府転覆を図った由比正雪の生家です
ご主人亡き後は外注ばかりで…とおっしゃっていましたが 祭礼のときなど現代社会でも染屋はないと困る職業の一つです 藍壺を見せていただきました

五十三次の手拭いをお土産に買いました こういうのほしかったんですよね! 色々とお話を伺い 懐かしい気持ちでいっぱいになりました お礼を言って先を急ぎます
ここから先は 本日のメインエヴェント 薩埵峠(さったとうげですね)への登り 駅前には桜えびのモニュメント ここは桜えびが名物だそうです しかし店がないね…

途中 小さな宿 西倉沢宿があります 峠手前の休憩所という処ですが眼の前は海 アワビやサザエが名物だったそうです この辺りも江戸期の意匠を残す町家が多いです


いよいよ峠への登り アソコから右側を登ります 見たくないでしょ? ボクもイヤでしたよ でも登るんだよ みかん畑の急勾配を のんのんズイズイ登ります

段々標高が上がり 東名高速を見下ろす位の処にきたら峠です 標高は244mほど でもほぼZEROスタート クルマでも登られますので 家族連れやアベックでも大丈夫


東名高速こそ走っているものの それ以外は広重の浮世絵とそんなに変わらない景観が広がります フジヤマの麓あたりが沼津です 峠でチュウハイ飲みまして休憩
休日で観光客も多く 峠道を西に下って街道を進みます 興津宿です 難所・薩埵峠を前に賑わいましたが 今は本陣が広場になっています しばしベンチで休憩

続いて江尻宿へ モウ都会です 駿府へ近づくにつれ 交通量も増え 街道の風情も薄れてきます 代わりに 清水次郎長や森の石松といった侠客の名前も聞こえてきます
しかし 疲れてヨレヨレになってきまして 歩くので精一杯です それでも一歩一歩駿府目指して 歩を進めます そして 18時半すぎ 駿府へやっとこさゴールです
3日間の疲れが溜まり 後半ペースダウンしました やったぜベイビー 駅前はまあまあ都会でしたが 疲れてしまい お店に入る気力もなく 汽車にノリこみました

歩いてきた道を戻る汽車 30分ほどで小田原へ戻ってしまいました 汽車ってすごいな 3日間の街道旅もこれにて幕 道中お世話になった方々 同行してくださった弥次喜多のお二人 ありがとうございました! 次回の旅は駿府からリ・スタートです
本日のうた:クレイジーケンバンド 『混沌料理』