シュラフ石田という毎日人んちに寝泊まりしている人に密着したフジテレビのドキュメンタリー。
たしかヤフーニュースでもこの人のことが記事になってて、泊める人がいるのは全然それでいいと思うが自分なら泊めるのは嫌だというコメントが一番共感されていた。
自分も泊めない人だが、こういう人がいたほうがまぁ世界も面白くなるんじゃない?的な他人事なスタンス。
なんだかんだでこういう生活をできるのは一つの才能で、風邪をひいたらどうするのかとか、洗濯などどうするのか、野宿する日も夜遅くまで突ったってる日もたくさんあるだろうし、そういうのを不安に思わない、最低限の気遣いをしつつ相手を不快にさせないくらいずうずうしい、その他もろもろをやってのけてしまうのは才能である。シュラフ石田さん、見た目も無害そうな感じだし、なんか飄々と生きてる感じ。死ぬまで人んちに泊まり歩くのが夢らしい。ということは、別に彼女も嫁も子どももいらないということだろうし(さすがに連れも泊めさせるほどずうずうしくはないだろう)、そこを覚悟できるのもやっぱり才能である。こんなふうに考えると、人んちを毎日泊まり歩くというのは、実践するのはとても難しいことで、それを当たり前に何年もできているのはすごいことである。この才能を羨ましいとは思わないけど。
泊めてくれる人は、女子大生から子ども3人を育てる夫婦、80歳のおじいちゃん、花火大会の特等席まで用意してくれるお兄さんまでいろいろ。すげえなと思ったのは、今まで泊めてくれた人が集まれるオフ会を開いているところ。コミュニティ作っちゃてる。オフ会で、泊めてくれる人たちは、シュラフ石田のことを飽きがきてるとか変わってしまったとか言う。それでもみんながシュラフ石田に愛着を持っているのが伝わってくる。
思ったのは、一期一会、行きずりの全く知らない人だからこそ話せることがあるということ。そして、話すことで少し救われるというか、楽になれるということがある。その話し相手としてシュラフ石田はぴったりなのだ。
これはどうしょうもないことだが、こういうのを何年も続けることで、知名度があがっていき有名になり、やり始めた当初の味みたいなのが薄れたりなくなってしまう。オフ会に参加していた80歳のおばあちゃんが嘆いていた。まぁこれは売れるバンドやユーチューバーへの、売れてない頃から応援していたファンの嘆きと同じようなものなんだろう。