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鳥取県立美術館で開催している水木しげるの百鬼夜行展を見に行った

面白かった。

ぬりかべが佐賀県出身とあってフフッてなった。子泣き爺は確か徳島県出身、妖怪に出身県があるのが面白い。

水木先生によれば、妖怪は怪獣とはちがうもので、現実のリアルなもの、見えないけどたしかにそこにいるといった感じのものだという。

いろんな妖怪が紹介されていたのだが、ぬりかべとかはまんま妖怪だけど、ぬらりひょんや小豆洗いはほとんど人間で、豆腐を持ち歩いてる小僧なんかは人間やないかとつっこんでしまった。

クレヨンしんちゃんが、みさえのことを「妖怪けつでかおばば」と呼んでいるように、妖怪というのは、人間と得体のしれないものの境界線上に存在している者なんだと感じた。

水木先生は、現代では妖怪が消えつつあるというようなことも言っていた。 

これは自分のイメージだが、社会というのは鋼鉄の檻であって、人間はずっとこの檻を強化しつづけている。昔は、この檻は緩やかで、鉄格子の質も悪く、人々は檻の外と中を容易に行ったり来たりできた。とても自由だった。

と同時に、檻が緩やかだから、檻の外から得体のしれないもの、それは妖怪だとか未知のウイルスだとか、そういったものも向こう側から入ってきた。

人間は檻を強化し続けることで、安寧を得た。得体のしれないウイルスや妖怪が檻のなかにはいってくることはなくなりつつある。同時にそれは人間が檻の外に出られなくなったということでもあり、安寧を得た分、自由がなくなり社会は息苦しくなった。

たぶんぬらりひょんとか小豆洗いとかは、昔の変な人がそのまま妖怪にされちゃったんだろうが、そういえば街を歩いてて変な人を見かけることが少なくなったような気がする。

個人的な解釈だけど、村上春樹の小説が人気なのは、主人公が檻の外に出ているからだと思う。壁抜けというのは、檻の外に出ることで、主人公は檻の外に出てなんだかよく分からない不思議な体験をしている。それは昔の人たちなら当たり前のようにしていたことで、でも現代人はそれができなくなっている。現代人は、村上春樹の小説を通して、昔の人たちのやっていたことを追体験しているのだ。

行ったのは平日の昼前という時間にもかかわらず、けっこう人がいた。老若男女幅広い年齢の人たちで賑わっていた。妖怪は人気である。

 

 




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