思春期の鬱屈としたドロドロが爆発したマンガ。
自分の周りにはいなかったが(あるいは自分が知らないだけ?)、好きな子のリコーダーを舐めてたとかいうエピソードをよく聞くし、だから、『惡の華』の春日くんが佐伯さんの体操服を盗んでいろいろこすりつけていたのは、普通の変態だと思う。しかしここに、仲村さんというもう一人の変態が掛け合わされたことが事件の発端となった。混ぜるな危険。
町のせいなのか、性格のせいなのか、ずっと囚われていると感じ、「向こう側」に行きたいと願う二人。でも、「向こう側」なんてものはなく、そこに気づいてからは、町をめちゃくちゃにして自殺しようとする。
仲村さんのいう「下」というのは、最初女性器のことなのかと思ったが、無意識のことなのだろうか。どこから「出せ」と叫んでいるのか。そしてそれは仲村さんでありながら、同時に仲村さんではないものだから、仲村さんの意思ではどうしょうもないものだった。仲村さんに憧れた空っぽのエセ変態、普通人間の春日くんと、もしかしたらもっとも変態の佐伯さん。仲村さんと春日くんの破壊は未遂に終わったが、佐伯さんはしっかり破壊しているし。
ところで、自分も最近、ふとした瞬間に、囚われていると感じる。その度に、「もっと自由にやれるのに、もっといい加減に、適当でいいのに」と反省する。決して奇を衒っているわけではなく、人生なんて単なる暇つぶしにすぎないわけだから、もっと自由にめちゃくちゃにやったらいいのにと自分に言い聞かせるが、やっぱりどこまでいっても囚われてる。
このマンガがすごいランキングにランクインしていた。けっこう前から話題になっていたから知っていた。
あぁいいなぁと思ったのは、フジイさんが子どものころ、父親と公園に遊びに来ていて、他の子はみな集まって遊んでいるのに、フジイさんは一人で砂遊びしていたシーン。父親は心配していたが、フジイさんは近くの小さい子のために何かを探していたのだった(うろ覚え)。父親はそれを見て「まもるは大丈夫だ」と確信した。
フジイさんは派遣で独身、孤高。周りからは最初見下されている。ある日、公園に一人で行くと、ママさんたちがフジイさんを見てヒソヒソと話していた。フジイさんはいたたまれなくなって、公園をあとにした。これ、どうしょうもないけど、排除アートといっしょだよなと感じた。公園は遊具が置いてあるし、基本的には子どものためのものであって、独身のおじさんのためのものじゃない。
べつに独身のおじさんが公園を利用したっていいのだ、禁止されているわけではない。でも、怪しいから利用しないでほしいという雰囲気を周りは無意識に醸し出している。今話題の独身税といっしょだ。独身税という言葉は誤解を与える表現だと政治家は言うが、結果的に独身が損をするようにできている。
そんなフジイさんだが、独特の世界を持っているので、仲良くなった同僚は、人としてフジイさんに惹かれていく。フジイさんを知らない人はフジイさんを見下すが、フジイさんを知った人はどんどん惹かれていく。
そういえば、橋本治か誰かが、本当にモテる人は、自分を知らない世界に連れて行ってくれる人と本かなにかに書いていた。『惡の華』の佐伯さんが春日くんに惚れたのもそれだし、同僚がフジイさんに人として惹かれていくのも、フジイさんが独特の世界を持っているからだろう。
出てくる人間が全員ヤバい奴という異色のマンガ。引きこもり支援員の女性、最初マトモな人かと思いきや、やっぱりイカれていた。引きこもりだったお兄ちゃんといまだに風呂にいっしょに入ってるのがヤバいし、お兄ちゃんの歯ブラシで歯磨きしていてドン引きした。
八巻では、お母さんが認知症になってしまう。そして、これまで一番マトモだった末吉がついにイカれ始める。
読んでてキツかったのが、家を出て彼氏と同棲する末吉の姉が、空いているとき介護を手伝うと言ったが、末吉が拒むシーン。これはあれだ、夫が子育てを手伝うよ言ったら妻がキレるのといっしょだ。末吉は母の介護だけでなく、引きこもりの兄も介護しているのだ。イカれてしまうのも仕方ない。でも、姉は姉で自分の人生を生きたいわけで、だからこそこのシーンはキツかった。
末吉、かわいそうだ。婚約していた同級生が実は末吉の父と長年不倫していて、それを同級生の口から指輪を渡そうとした日に告げられる。しかも、同級生にとって、末吉は父に対する復讐の道具でしかなかった…。
最近思うのは、日本の文化はすべて、変態的な神経質さからできていて、こんなに街がきれいなのも、飯が上手いのも、マンガが多様性に富んでいて面白いのも、全部病的に突き詰めるからで、だから自殺が多いのは仕方ないのではないかと思った。物事はトレードオフなのだ。