以下の内容はhttps://matsudama.hatenablog.com/entry/2025/03/14/223303より取得しました。


バタフライエフェクト

人口増加が経済を失速させたという命題があったとする。

人口が増加した(A)→家の需要が増えた(B)→たくさん木を植えた(C)→花粉症にかかる人が増えた(D)→多くの人の生活や仕事の質が落ちて経済が失速した(E)

とまぁ、風が吹けば桶屋が儲かる的な感じで、人口増加と経済失速の因果関係を考えた。

このことについていろいろ思う事がある。

まず、ソクラテスって誰かと議論するとき、上のような感じで話を進める。「Aとはこういうことだよね?」と相手に問いかけ、相手が「そうだ」と答えると、ソクラテスは「それならAはBといえるよね?」と尋ね、相手が「そうだ」と答える。「それならBはCといえるよね、CならDだよね」という感じで、最終的に相手の主張と反対の主張まで持っていって相手をやり込める。でも相手は苦虫を噛み潰したような顔をして納得しない。

ソクラテスのやり方にソフィストたちが納得できないのは、つまりこういうことだと思う。人口増加と経済失速の話でソクラテスのやり口を考えてみる。

ソクラテスはお得意のやり方で、人口が増加すると経済が失速すると論理展開したとする。でも、ちょっと考えたら分かるように、人口が増加したら単純に労働力が増えるから経済は失速するどころか加速するのである。家の需要が増えれば建築業界が潤い、木をたくさん植えれば林業が盛んになる。だからソクラテスの論理展開に納得いかないのだ。とはいえ、ソクラテスの論理展開が間違っているわけではない。

物事は複雑に絡みあっていて、法則を見つけるとか何かを考える場合、無限にある要素から特定の要素たちを抽出して因果関係を見いだしている。この際、特定の要素を取りだすということは、逆にそれ以外の要素は取り出さないということであり、だからといって取り出さない要素が取りだす要素になんの関係もないということではない。

どういうスケールで物事を考えるのか。このスケールというのは、考える領域のことでもあるし、タイムスパンのことでもある。以前、NHKのチコちゃんの番組を文化人類学者が批判していたのもそういうことだと思う。スケール、範囲が変わると、答えが変わってくるのだ。

スケールと関連してこの前新宿で女性ライバーが路上で男に刃物で刺されて亡くなるという事件があった。あまり情報がないなかではあるが、まず被害者の女性は男に百万単位の借金があって踏み倒していた。男は裁判も起こして、被害者に支払い命令が出ていたにも関わらず踏み倒していた。これだけだと、殺人はダメだけど被害者には同情できないねで終わる。

しかし被害者はホストに入れ込んでいて、常に金欠だった。いわゆるホス狂いというやつで、男から借りたお金もおそらくホストに流れ込んでいたのだろう。そう考えると、もしかしたら本当に悪いのはホストなのかもしれない。被害者が男にやったように、ホストは被害者に色恋営業をしていたかもしれない。

しかしもしかしたらホストは、過激なノルマに苦しんだ末に被害者に色恋営業をしたのかもしれない。すると悪いのはホストクラブか?でももしかしたらそのホストクラブは用心棒のヤクザへのみかじめに苦しんでいたかもしれない。まぁ途中から全部憶測だけど。

物事のほとんどはおそらく、上のような感じで入れ子構造になっていて、じゃあどこまでのスケールで物事を考えるか重要になってくる。法学をやってないから分からないが、こういうのはどこまで罰するべきなのか。

そしてだいたい庶民は、入れ子の奥の奥にある情報は知らないわけで、そうなると当然導かれる答えや意見が変わってくる。

簡単な例を出そう。最近財務省に関する批判がすさまじい。そりゃ使途不明な金がたくさんあるんだから仕方ない。庶民の暮らしが苦しいのだから批判が上がるのは当然だ。

財務省の肩を持つわけではないが、使途不明金があるのは仕方ないと思う。たとえば、自衛隊に別班があるとして、ここに多額の予算が使われている可能性はある。この場合いくらの予算が使われているのかは絶対に明かされてはいけない。予算の規模で、別班にどれくらいのことができるか敵に予想されてしまうからだ。なにかの番組で、(元?)外事警察の人が出演していて、年間でたくさんのテロ行為を未然に防いでいると言っていた。何かを未然に防いだ場合って何も起こらないからこそ効果が見えにくい。だけどそこにはたくさんの労力が使われているだろうし、たくさんの税金が使われている。だから使途不明金の額が公にされるべきではないし、そもそも使途不明金の存在自体が認知されるべきではなかった。もちろん、悪事を働く人間や組織にも使途不明金は使われているだろうし、そこは追及されるべきである。

こういう公にされるべきではない情報は絶対にあって、その情報を国民は知らないからこそ財務省が批判されている。

もちろんここまでのことは全部憶測だから、財務省が解体されるべきか、批判されて当然なのかは分からない。スケールの取り方によって導かれる批判や意見が異なってくる例としてあげてみただけの話である。

今やっている『御上先生』というドラマも以上に書いてきたことと似たような話で面白い。国家公務員試験で起きた殺人事件と、高校生が校内新聞で教師の不倫を暴いたことが、国家を揺るがすような何かとつながっているというバタフライエフェクトの話。世の中の無数の要素は複雑怪奇に絡み合っていて、個人のやったことが知らないところで巨大な影響を与えているというのは、思った以上に当たりまえに起こっていると思う。それを当人は知らないからバタフライエフェクトなんて起こり得ないと思ってしまう。自分の何気ない行為の前後にはいろんなエフェクトが働いていて、自分の様々の行為がその連鎖の一要素になっているのは普通のことなのだ。




以上の内容はhttps://matsudama.hatenablog.com/entry/2025/03/14/223303より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14