ときどき、ふとした瞬間に過去の嫌な出来事とか言われて嫌だったことが思い出されて、ああぁ…と嫌な気分になる。それで、その言われた言葉とともに言った人間のことも思い出すのだが、だいたい年のいったおじさんというかおじいさんで、なんかこいつらやたら否定してくるやつらだったなとうんざりする。なんというか、張り合う?といえばいいのか否定しないと気がすまないというか、そんな感じだった。
で、この人らはだいたい老害と呼ばれる世代で、すぐにキレるし、延々と説教するし、話せばずっと自分の過去を自慢するし、そして相手の否定ばかりするから老害と呼ばれても仕方がない。
なんでこんなに、わざわざ、相手の嫌がることをするのだろうと思うのだが、最近ふとこの人たちは、かわいそうな人たちなのだと思い当たった。
おそらく彼らの上の世代も同じか、もっとひどかったのだろう。体育会系の伝統と同じで、負の遺産が今まで連綿と受け継がれてきたのだ。それが当たりまえで、だからこそどいつもこいつもすぐにキレるし、延々と説教や自慢を垂れ、相手を否定する。そういう文化で、これが当たりまえ、つまり全員が老害だったから、老害という言葉自体が存在しなかったのだろう。
ところが、下の世代がこういう人間は害悪だと認識し始めたことで、当たりまえだったその人格は老害認定されるようになった。
だから、かわいそうなのである。いったん形成されたその人格が簡単に変えられるはずもなく、上の世代の人たちも自分たちも長年それでやってきたのに、自分たちの代から急に老害認定されてしまって社会から疎まれる老害たち。
まぁかわいそうだからといっても、やっぱり老害とはなるべく関わり合いたくないのだけど。
闇バイトで逮捕される若者は金に困っている。スマホゲームに課金して借金を背負い、闇バイトとは知らず闇バイトに応募してしまう無垢な少年も多いという。
大前提として、どんな事情があるにせよ、強盗も殺人も許されない。でもこういうのを自己責任として突き放すのはどうかと思うんだよな。そう思うのは、一歩間違えば、自分も闇バイトに絡んでしまう可能性もあると考えるからだ。自分も、というか誰もが、巧妙に仕掛けられた罠にはまってしまう可能性はある。
自分が大学に入りたての頃を思い出しても、あのときは都会に初めて出て知らないことばかりだったし、相談できる相手も近くにいなかった。田舎で勉強しかしてこなかったし、普段付き合う大人も親と教師くらいしかいなかった。もちろんテレビをみれば、犯罪者や汚職をする政治家といった悪い大人が映し出され、悪い人間が世界にいることは知っていても、そこに実感はなかった。だから、大学に入ってすぐの頃、統一教会の人間が近づいてきて入信させられそうになった。
悪い人間は、当たりまえだが悪く装って近づいてくることはないわけで、巧妙に騙して戻れない状況に追い込んでから実体を現す。統一教会も大学のボランティアサークルと装っていたし、闇バイトもホワイトバイトと装って募集する。それを、何も知らない無垢な若者が見破るのは難しい。そして、気づかず入ってしまった沼に、入ったのはお前なんだからと、自己責任だと突き放すのは酷だと思う。
こういうとき、でも騙されない人間もいるという反論をする者もいる。自己の責任でやってしまったのだから、仕方のないことなのだと。ギャンブルも、薬物も、その他もろもろ、結局自分の意思でやってしまったことで、同じ状況でもハマってしまわなかった人間もいるんだから、と言う者。
こういう自己責任論を唱える人に対して思うのは、でもそれは紙一重の違いで、ハマらなかったのは単に運が良かっただけということだ。自分も一歩間違えれば巻きこまれていたかもしれないという想像ができないのだろう。
自分は闇バイトをしたことはないけど、もし今自分が大学に入りたてぐらいの年齢で、何も知らなければ闇バイトをしていたかもしれないと思うことはよくある。特に今は、自分が大学生だったころとは違って、より罠が巧妙になっている。AIが一層発達しているから、今後もさらに巧妙になっていくだろう。
じゃあどうすればいいのかという話になるが、自分も分からない。少なくとも闇バイトをする手前で警察に相談した人はちゃんと保護されるべきだし、一番はさっさと首謀者を捕まえることだが、詐欺はもうグローバルなものになっているからなかなか捜査も大変だろう。痛い目に遭ったり失敗しないと、知識が身についていかないという側面はあるから、一度失敗しても立ち戻れる社会でないと人生の取り返しがつかなくなる。
スマホを寝る直前まで見ていると眠れなくなるし、寝ても眠りが浅くなるので、寝る一時間くらい前にやめて、本を読むようにしている。
だけど最近やるべきことが多くて段取りを考えてしまい、本を読んでも字面を追うだけになってしまって、なかなか内容が頭に入ってこない。
人生でもこういう状態ってあるよなとふと思った。字面だけ読んでて内容に入っていけない感覚。人生の表層のみを歩いてて、その深みに入っていけないような感じ。何がなんなのか分からず、ただこなしていて勝手に進んでしまっている感じ。
闇バイトに加担してしまう人ってこういう人が多いんじゃないかなと思った。金を稼がなきゃ、あ、このバイト稼げるな、やってみよう、行ってみたら強盗だった、人を殺してしまった、逮捕されてしまった。人から物を受け取った、中身はよく分からない、あれ逮捕されちゃったみたいな。
ベルトコンベアに乗って、ボッーとしてたら、地獄に行き着いてしまった、みたいな。いや、たしかに乗ったのは自分の意思だけど、うーんまあ愚かだった、バカだったというのは簡単だけど。
話が逸れた。表層だけ歩いてて、中に入っていけない感じ、人生にもあるよなと。べつに表層だけの人生だろうと、中に入っていける人生だろうと、人生は人生で、そこに優劣とかはないわけだけど。まぁでも、ハイデガーは、他人とのおしゃべりに興じたりする生き方は、自分の可能性から目を逸らした非本来的な生だと言ってたわけだけど。
自分が、同級生との縁をすべて切ったのもそこら辺にあるのかもしれない。結局マウントの取り合いというか、今どこの会社で働いてるとか、年収とか学歴とか、結婚とか子育ての愚痴だとか、そういう社会一般の価値観で相手を値踏みして序列をつけるという、一歩外から眺めてみればクソどうでもいい檻の中。でも、檻の中に入っていると、そのどうでもいい競争のなかで疲弊していって、それが本当はどうでもいいことだと気づけなくなる。うんざりする。田舎だから、同級生一人に会えばもう、ネットワークに絡め取られてしまう。煩わしいことこの上ない。