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如是我聞と誤配と田舎

『哲学の誤配』を読み終わった。

韓国人の批評家による東浩紀へのインタビューが収録されている。東浩紀の作品を読んだのは初めて。この本には韓国の人文学や哲学の歴史が書かれていて興味深かった。

 

「誤配」というのは東浩紀の言葉で、ジャック・デリダの「脱構築」と意味は近い。彼の著書『存在論的、郵便的』の郵便から来ていて、文字通り間違って配送されることを意味している。ネットワークにおける偶然の出会い、予期しない出会い、作為されなかった出会い、つまり誤配によって構築されるつながり。目的地からはずれること。無駄。

無駄があるからこそ豊かになるというか、遊びがあるからこそ余裕が生まれるというか。たとえば、学校からの帰り道、まっすぐ家に帰るよりも道草を食ったほうが楽しくなる。距離的にも時間的にも、まっすぐ家に帰ったほうが最短で無駄がない。道草はそういう意味で無駄なわけだが、学校からの帰り道に、みんなで寄り道して駄菓子屋行って駄弁ったり、公園でサッカーしたり、アリンコをずっと眺めていた子のほうが、その後の人生が豊かになると思わないかい?これが誤配なのだ、たぶん。

コミュニケーションにおける誤配とは、自分の発した言葉の意味が他者にべつの意味として受け取られること。誤解。

異なる解釈があるからこそ、豊かになり多様性が生まれる。優れた作品は多くの解釈を許す。

如是我聞とは、わたしはこのように聞きましたという意味で、お経の最初によく出てくる。つまり、伝言ゲームなわけで、伝言ゲームは誤配連鎖ゲームなのだ。お経によって言葉が違う以上、そこには当人の解釈が入り込んでいる。だから、ブッダからすれば、いやおれそんなつもりで言ったんじゃないんだけどな〜的なこともお経にはあるはずで、しかしそのブッダ自身も誤配ゲームの一員にすぎない。ブッダもまた先人の教えを解釈して、次の者にその言葉をつないでいったからだ。そしてそれが連綿と現代に伝わっているということが、その偉大さを示している。次に伝えるべき言葉だからこそ、如是我聞と次の者へ受け継がれたからだ。価値のない言葉や教えはすでに歴史に淘汰されてしまっているから私たちのもとへは届かない。

だから誤配というのは素晴らしいものである。そして東浩紀は、誤配の促進ツールとして黎明期のインターネットに可能性と希望を見出した。

インターネットはたしかに誤配が促進されるツールである。それなのにインターネットやSNSは現在、誤配による誹謗中傷、罵詈雑言にあふれている。

東がインターネットの黎明期に見ていた希望は、砂上の楼閣にすぎなかった。

ただ、思うにこれはインターネットそのものに問題があったのではなく、それを使う人間のほうに問題があった。

筆者は田舎生まれの田舎育ちだが、田舎の伝言ゲームはまぁひどい。誤配はいつもネガティブに行われる。

以前、知り合いにサウナを作れる土地を借りる手配をしてもらった。小屋を作ってあわよくば売ろうと思ったのだ。その土地ではただ小屋を作るだけで、そこで使うことはしないという話で知り合いに伝え、所有者にもそれで話を通し了解を得た。

それがどう巡ったか知らないが、その土地の近くで畑をやっているじいさんが、ここでサウナの商売をして、水風呂の人が入った汚い水を流そうとしていると怒ってきた。

町で顔が広いその知り合いが、いやここではただ作るだけですと何回も説明してくれてやっと誤解がとけた。あやうく、悪いことは何もしていないのに嫌われるところだった。

田舎の伝言ゲームはだいたいネガティブな誤配が行われる。悪意があるのか知らないが、だいたい噂は悪いかたちに変形していく。人を褒める話よりも、悪口のほうが盛り上がるからだろう。

よくよく考えてみたら、伝言ゲームは非常に難しいゲームで、100人のうち1人でも言葉を間違えたら、それでゲームオーバーである。99人がまともでも、1人が悪意をもって伝言を歪めたらおしまいなのだ。

インターネットで起こっていることも同じで、インターネットを利用するほとんどの人がまともだが、ほんの一部が悪意のある嘘を流し、罵詈雑言、誹謗中傷を行っている。

田舎は閉鎖的とよく言われるが、インターネットも現在島宇宙化していて田舎のようになってしまっている。SNSしかり、エコーチェンバーしかり、似た者どうしがより集まって村をつくり、自分と異なる他者に対して非常に排他的になり、互いにいがみあい、憎しみあっている。

 

東は現在、大学をやめゲンロンという会社を作り、哲学カフェを開いたり、自身の作りたい本を作っている。結局、こういう地に足のついたやり方でないと、ポジティブな誤配は起こらないような気がする。個人のコントロールが効く領域は、インターネットとかに比べると非常に狭いけど、個人のコントロールが効かないと途端に暴走を始め誰にも止められなくなる。

東の思想や取り組みを、韓国人批評家が翻訳を通して韓国に伝えようとしている。東はいろんな人からネガティブな批判を受けるらしいが、個人的には東の思想や活動は間違っていないと思うから頑張ってほしいし、韓国でも拡がればいいと思う。




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