昼になったらザーッと雨が降ってきたので、竹やぶ整備を終えて図書館に避難する。
雨の日はいい。ずっと続くとうんざりしてくるが。雨の日、平日の午後、図書館で雨を眺めつつ、芥川賞を受賞した『サンショウウオの四十九日』を読んだ。
雨が降ると、少し自由になってワクワクしてくるんだよな。自分だけかもしれないが。
なんでだろうと考えた時、雨の日は動きが制限されるからではないかと思った。
キャンバスに何でもいいから描いてみてと言われると、逆に何を描いていいか分からず困惑する。でも、校庭の木を描いてと言われると、どれか木を選んで描くことができる。制限してもらったほうが、自由に描くことができる。
雨の日もこれと同じで、外で動き回れないという制限があることで、逆に自由になった気がするのだ。
自由から逃走することによって自由になるのかもしれない。コロナが蔓延してくれたおかげで、飲み会に行かなくてよくなった。そしてみんな自由になった。
晴れているとあれもできてこれもできて、ということは、あれもしないといけないし、これもしないといけなくなる。でも雨の日は、あれもできないしこれもできないからという口実を作れる。だから、自由だ。
制限のない世界は一見自由に見えて、実はとても不自由な世界だ。世界がひねくれているのか、人間がひねくれているのか。