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ダルビッシュとビートたけしの観点から見た政治

ダルビッシュは人のいいところを見つけて伸ばすタイプで、ビートたけしはむしろ否定するタイプ。ビートたけしは、出てきた芽は徹底的に摘む、それでも伸びてくるやつが本物と言っている。

教育的にどちらがいいか分からないけど、少なくとも否定するほうが本人は楽である。というのも、自分が相手より上であると見せるためには、自分が努力して相手より上に行くよりも、否定して相手を下げるほうが楽だから。

ダルビッシュが雑誌ナンバーで日本球界について苦言を呈している。OBは自分の持っている技術を誰にも教えたがらないと。せっかく素晴らしい技術を持っていても、それを他人に伝えず個人のもので終わらせてしまうと球界全体にとってマイナスである。だからダルビッシュは自分の持っている技術や知識を惜しみなく若手に伝えている。

野球界OBも結局、自分が楽をしたいという点でビートたけしと同じである。つまり、自分の持っている技術を他者に伝えなければ自分はずっと上でいられる。もし技術を教えてしまえば、他者より上であるためには新しい技術を習得するといったさらなる努力が必要となる。競争の激しい世界で生き残るには、自分の技術を誰にも教えないというのは、個人のレベルでは最適解であるといえる。

しかし、これは全体のレベルでみれば最適解ではない。最適解は、ダルビッシュのように、自分の技術や知識を伝え、全体のレベルアップを図ることだ。全体がレベルアップすれば、ファンはより質の高いプレーを見ることができる。それは子どもたちがプロに憧れ、野球人口の増加といった利益を生むだろう。もちろん、個人はより高度な努力が必要となるから大変である。

以上のことで何が言いたいかというと、個人の最適解と全体の最適解は異なるということ。ビートたけしや球界OBのような高齢者は個人の最適解を求め、ダルビッシュは全体の最適解を求める。ダルビッシュに限らず、若者はどちらかというと個人よりも全体の最適解を求める傾向にある気がする。大谷翔平もそうだし、今の若者は自分の属する世界の全体を見て行動している感じがする。

 

日本がここ何十年かで没落したのはここに原因があると思われる。つまり、今の高齢者のほとんどが、若い頃から個人にとっての最適解を選び続けてきたばかりに全体のレベルが上がらなかったのである。他者と協力してお互いに努力して全体のレベルを上げようとするのではなく、他者を否定し蹴落としてきた結果、日本全体が没落したのである。ゲーム理論の囚人ゲームでいうところの、お互いが協力しなかった結果、量刑が一番重くなったパターンである。こういう自分の利益しか考えない人間は、半沢直樹をはじめとするいろいろなドラマで描かれてきたし、現実でも国会議員をはじめとする多くの人間が自分の利益のことだけ考えている。

組織の没落のパターンはだいたいこれではないかと思う。お互いが否定し蹴落としあうから全体のレベルが上がらない。そしていつまでも成長しない。こういう組織はえてして風通しが悪く硬直しがちで、その結果内部から腐っていくのである。その最たる例が、政治である。 

自民党が長らく政権を担ってきた。自民党の国会議員、それを支援し選ぶ有権者や地元の県議会市議会議員、そして自民党そのもの。これが裏金によって癒着し、自分さえ良ければいいという個人の最適解を選び続けたきた結果が、日本の没落である。

今回の東京都知事選は、こうした腐った構造を変える一つのチャンスであった。石丸氏は、国政における与野党の代理戦争にしてはならない、党利党略に明け暮れる政治を変えないといけないことを街頭で訴え続けた。

もちろん選挙で勝たなければ政治家にはなれない。そして国会議員一人では何もできないわけだから、同じ思想、政策を持つ者同士で徒党を組む必要がある。しかしそれが手段ではなく目的になり、選挙で勝つために裏金を使い、岸田みたいに、日本を良くするために総理になるのではなく、総理になりたいから総理になるという自分のことしか考えない国会議員ばかりになった。

結局今回の東京都知事選で再び明らかになったのは、高齢者は自分のことしか考えないということである。高齢者の多くが小池氏を支持し、無党派層の若者の多くが石丸氏を支持した。

石丸氏の政策はべつに真新しいものではない。石丸氏が支持されたのは、党利党略に明け暮れる政治を変えてくれることが期待されたためである。

党利党略というのは、国民の生活とは全く関係ないわけで、石丸氏が、政策云々ではなく無所属だからという理由で支持されるのは、レベルの低い話ではある。だけれども、日本が没落する原因となったのは、政治家やそれを支持する高齢者が、結局自分のことしか考えなかったからである。

結局難しいのはここで、高齢者全体の意識が、ビートたけしや球界OBのように、他者を否定し自分が楽をしようというもので、ここが変わらないかぎり何も変わらないのだ。

高齢者のなかには元官僚の岸博幸さんのように、子どもや若者の未来を考えよう、否定し蹴落とすのではなく支援しようという人もいて、影響力のある人がそういう主張をするのは素晴らしいことだが、なにぶん時間がもうない。高齢者の意識がどこまで変わるのだろうか。今の高齢者も、その上の世代から同じかもっとひどい仕打ちを受けてきたわけで、だからこそデフォルトの意識がそう簡単に変わるとは思えない。高齢者にとって、現状を変えようとする何かや誰かを支持するのはリスクだろう。それでも、現状を変えないかぎり日本が没落していくのは分かりきっていることで、高齢者が現状を変えようとする勇気を持たないかぎり日本に未来はない。

 




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