ただの日記回です。
※前回のただの日記回:
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■ 12月20日(ふしぎな映画、拾ったギター)
良い天気。
少しだけ仕事。
図書館へ予約本を引き取りにゆく。その後、気になっていた喫茶に入ってみる。皆落ち着いて本や新聞を読んでいるし、価格も今にしてはお安めだし、こんなところが中心地に残っているとは。
夜は家にひとりだったので、サブスクで映画を観た。映画って滅多に観ないのだ。『Melanie Martinez K-12』という映画をSNSで知り、映像が絶対好みだと思ったのでなんの前情報も無いまま観てみた。パステルピンクとミントブルー溢れる色彩がたしかに好きなやつ!
十代女子の諸困難がミュージカル仕立てでポップ&グロテスクに描かれていて、Barbie観てないけど「裏Barbie」みたいな感じかな? 監督どういう人なんやろ? 主演の女性、何者?……と思っていたら、全部主演の Melanie Martinez という人の曲なんやな。この方を知らなかったのだが、カルト的人気のアーティストらしく、本映画は彼女の長尺MVのようなものらしい。日本でいうと大森靖子さんみたいな感じなのかな。ビジュアルはトレヴァー・ブラウンの絵を思い出した。いいなと思う曲もいくつかあったのでアルバム買ってみよう。
それにしても、管理教育、ルッキズム、摂食障害、生理、性的客体化、ロリコン教師……という十代女子の諸困難は、私が若年の頃とまるで変っておらず、現代的かつ伝統的という感想をもった。ラストは笑ってしまったのでみんなも観てみてほしい!
あと、この日はギターを拾った。埃まみれでうちのゴミ捨て場に投げ込まれていたのである。このギターはちょっと前に近所に棄てられていて、なんか棄てられているな~と思ったら数日後になくなっていたのだ。おそらく、誰かが拾ったがまた棄てたのだろう。好きなバンドのステッカーが貼られていたので、これもなんかの縁だろうと思って私が救うこととした。





■ 12月21日(かなしみの錦、フラカン磔磔、長浜ラーメン)
京都へ行ったので久しぶりに冨美家でなべ焼きうどんを食べたい、と思った。
昔、嶽本野ばらファンの女の子を案内したこともある。でも地元民にとっては特別なお店というわけではなくて、実家でもよく休日に冨美家の持ち帰りを利用したりしていた。
で、錦に行ってみたのだがどの店も隈なく列ができており冨美家も例外ではなく、とても入れる感じではなかった。錦は新しい観光用の店が増えており、もう「年の瀬に買い物にくる地元民」の姿が見られない。今は、牛肉と寿司の模型を大量に店頭に並べる店が大量発生しており、牛の上にウニとキャビアをのせた下品串が流行っているようだった。下品串って言うてしもたけど、くれるんやったらふつうに食います。
思わず変化を嘆きたくなるが、しかし思えば私の若い頃から上の世代は「錦はすっかり観光地になってしもうた、あんなん錦やない」「もう地元のもんの行くとこやない」と嘆き続けていたので、「原初の姿」というのは常に既に存在しない幻なのだ……。しかし冨美家鍋未遂は悲しい。その後仕方なく入った店でも注文忘れられが発生し侘しさが増した。
が、この後磔磔で観たフラカンが、そんな侘しさをすべて吹き飛ばす良さであった。
年末恒例磔磔であるが、最近はもうこの空間に入るだけでほろりとしてしまう。他人の人生のいちばん甘いところをタダで(タダではないが)齧らせてもろてるような、「ええんですか?」という気になるし、歴代看板やらポスターやらに囲まれていると、今いる人もいなくなった人も関係なくみんな音の中で生きているような気になる。これは生と死の境目をいつだってあいまいにしてしまう京都という町のせいでもあるんかもしれん。
ライブはすべてよかったのだが、最大によかったのはラスト曲が「さわるな」だったこと! フラカンはいつでも「今が旬」のバンドであるとはいえ、これが収録された『フラカンのマイ・ブルー・ヘブン』(1996)は永遠に私的偏愛盤なのだ。滅多に演奏されない曲が2025年のかっこええ演奏で聴けたのが単純に嬉しかったし、また当時の刺々しさとは違って今やフラカンのライブは優しくハートフルなのだけど、そのハートフルなライブをやった(前の曲では「ご自愛くださいっっ!」となぜか絶叫してた)後に「よるなさわるなこっちへくるな」「君と僕は赤赤赤の他人だし」って歌ってて最高の最高だった。しかも満面の笑みで歌ってたのも意味わからんくて最高だった。
最近はライブ開演が早いので終演時まだ18時台。せっかくやし京都でなんか食べていこうということになるも、昔お気に入りだった店はもうなくなっていたり混みまくっていたり。どないしよか、となったところで、そや! 長浜ラーメンみよしに行こう!ということに。
ちょうどこの間、「長年京都にいたのに一度も長浜ラーメンみよしに入ったことない」ということを思い出していたのだ。案の定列ができていたが回転が速くてすぐに入ることができた! 初みよし。中はこうなっていたのか~~。昔、酒の飲める友人らは「木屋町で飲んだ後に深夜の長浜ラーメンに寄っていく」ってのをよくやっててなんかええな~と羨ましかったのだった(べつに一緒に行けばいいんだけど下戸だと「飲み会の後にラーメン」のテンションにならないためそこで別れることとなる)。
中はホントに屋台のような雰囲気やった。天かすとか生姜とか入れて食べた。牛すじも食べたし、急遽「飲んだ後のラーメン」を実現するため連れのビールをもらったらいい感じに……なったはいいが、超絶下戸であるため電車に乗れる状態ではなくなり、ドトールで休む羽目に。せっかく終演早かったのに結局遅い時間になった。でもドトールのパリパリチョコはさまったミルクレープが異様に美味かったので良し!









■ 12月22日(仕事の進歩)
仕事。なんやかんや難しいことがあったのだが、上手くこなせて「自分やるやん!」と思った。小手先の技術のような気もするけれどそれもこれまでの蓄積あればこそである。
しかし自分はとにかく人間的発達が他人より二、三十年遅れているため、多少仕事で進歩を感じても「でもこんなことは皆は二十歳くらいでできるようになってるんだよな」と思ってしまう。
■ 12月23日(他人の愚痴)
仕事でいろんな職業の人の話を聴く。思えば貴重なことで、そのときは「こういうの勉強になるから全部覚えておこう」と思うのだが、驚くほど忘れてしまう。たぶん話を聴いているときは瞬間瞬間の「話を聴いて反応する」ということにリソースを割かれて記憶どころじゃないのだ。いつまで経ってもコミュニケーションは私にはハイコストすぎる。
夜は家人の上司の愚痴を聴き続けた。かなりつらそうで気の毒だが、つらい話はこちらも聴いていてつらいので、最近聴いたことをエクセルに記録している。
それにしても、べつにいいんだけど、生まれてからどのコミュニティにいても人の愚痴を聴く役割を担いつづけている。
■ 12月24日(財布忘れ王)
クリスマス・イブである。職場を出た後ショッピングモールを覗いてみた。クリスマスだしいいものあったらプレゼントを買おうかな、とか、ケーキ素敵だな、とかいろいろ迷いつつ、結局何も買うには至らなかった。ちょっと時間があったのでカフェに寄ってケーキでも食べようかな、と思ったけど、最近お高いしな~と思ってやめた。
そして、家の近くのコンビニのレジで、財布を忘れたことが発覚した。ここまでずっと、財布無しで過ごしていたのである。なんということだ。スマホ決済とかやっていないので財布がなければ支払い手段は一切無い。財布忘れに気づいた瞬間、ウインドウ・ショッピングであれこれ迷っていた時間が、一気に「無意味かつ滑稽な時間」と化した。事後的に。一方、カフェ(後払い式)に入るのをやめたことが、「己を救う英断」と化した。これも事後的に。
実はこれまでも財布忘れを何度かやらかしており、「飲食店で食べてしまった後に気づく」も記憶の限り二回ある(もっとあったかもしれないが記憶の底に抑圧している可能性がある)。うち一回は、「これを人質にしてください!」と荷物一式を店員さんに預け銀行に走ったのだったが(奇跡的に銀行通帳を持っていた)、今思えば荷物一式を渡された店員さんは迷惑だったろうし、身分証だけ見せればよかったのである。人は学んで大人になるのだ……。
なおこの日は、朝出かけるとき玄関を出てから鍵がないことに気づいて取りに戻り、建物を出てから眼鏡がないことに気づいて取りに戻り、これで完璧だと思ったのに財布を忘れていたわけなので、忘れ物三冠王である。なんかクリスマスぽいデザートとか買おうかと思っていたが、この事件によりすべてのやる気が失われた。noteに創作をupした。

■ 12月25日(ゴリラホール延期、友人の店のシュトレン)
夜、ゴリラホールでクロマニヨンズを観る予定だったのであるが、ヒロトの喉の不調により延期との報。どうしたのか。お大事にしてほしい。
その代わり晩飯に気合いを入れた(自分比)。クリームシチュー、アボカド、プチトマト……などスーパーのクリスマスコーナーで売り出されていたものを使ったが、よく考えれば何がクリスマスなんだかよく分からない。他にパプリカ、カニ、サーモン、ナポリタン、なども売られていたので、とにかく「なんか赤とか緑っぽくて洋風のもの」ならクリスマスなのであろう。
キリストの誕生日が「極東で赤とか緑のものを食う日」になっているのは謎だが、実家にいる頃、そういう疑念を呈するたび母がキレ気味に「どうでもええねん! クリスマスとかひな祭りとかは献立を考えんでええ日なんやから、意味なんかええねん!」と言っていたのを思い出す。
食後、シュトレンをいただいた。パン屋を営んでいる友人が作り過ぎたとSNSで言っていたので買わせてもらったのだった。シュトレンてそれなりのお値段であるが、ここのは本当に丁寧に作ってあるのが分かるし、友人が作ったと思うとやはり良い。ありがとう。年賀状ミッションも果たしたしえらすぎる。


■ 12月26日(姫路に行く)
姫路での仕事が今年ラストだったが、「仕事納め」ではない。あんまり「仕事納め」という概念がない仕事をしている。子どもの頃、平日は日曜を待ちわびることで過ぎていって日曜が終わればまた平日が来てしまいその繰り返し……というのがなんか恐ろしくて、「大人になったら平日とか日曜とかあんまり関係ない仕事をしたい」と思っていた。ある意味ではそれが叶っているのかもしれない。
姫路は、駅前がまだクリスマスイルミネーションみたいなやつをやっていてよかった。クリスマスって、(最近はひと頃に較べれば下火になったとはいえ)やってくるまでは大イベントとして異様盛り上がりを見せるのに、25日を過ぎるやシレッと何もなかったかのようになるのが納得できないので、26日以降もクリスマスをひきずってくれる施設は信頼がもてる。
電車の中でおっちゃんたちが「いいお年を」と挨拶し合っていたが、ひとりが降りていくやいなや、残されたおっちゃんたちが「何がええお年やねん、あいつのおかげでえらいお年やったで」みたいな悪口を言っていた。


