今年の冬、妹に誘われて登山をしましてですね、非常に愉しかったのです。
(珍しく健やかな笑顔の筆者、雪の金毘羅山にて)

このときYAMAPという登山アプリを入れまして、登り終わると「おつかれ山」画面が出てきたりこんな初心者にも続々DOMO(いいねみたいなもの)がついたりで、それらを見ていると、山、もっと登ってみたいな~~という気持ちになったのです。健康にもええし。
が、ガチ登山するには装備も体力も貧弱であるので、まずは大阪低山を巡ってみることとしました。
大阪には山ともいえないような低い山が複数ありまして、天保山、茶臼山、鶴見新山は既に行ったことあるので、未踏の聖天山に行ってみることに。聖天山には「正圓寺」という古いお寺があり、境内に頂上があるらしい。正圓寺は「聖天さん」と呼ばれて地元で親しまれる寺だそうで珍しい寺宝もあるようだし、ぜひ参詣してみよう、てことで出かけました!
このあたりは古そうなものが多くて面白いです。「古きよき大阪」って感じがして好きなエリアです。
安倍晴明神社。

京都にも晴明神社があるけれどこちらは安倍晴明誕生の地を祀る神社らしい。占い師が日替わりで詰めていて、占い列ができていました。
経塚? 駐車場の中にこんなのがあって面白い。

聖天山のある通り、「松虫通」の名も気になっていました。通りに「松虫塚」があることに由来しているようです。


アンモナイトもあります。

* * *
さてそんなわけで、聖天山に登ろうとしたのですが、地図にあるはずの入口が見当たりません。地図上では松虫通から入れるはずなのにな~。あらら?
裏通りに回ると、「聖天山公園」の入口がありました。まずそちらに登ってみました。

公園は小高い丘になっています。これが聖天山の一部らしい。
遊具で子どもたちが遊びまわっている普通の公園ですが、隅っこに「聖天山古墳」のパネルあり。

このあたりから土器や鉄刀が発掘され、調査の結果一帯に5~6世紀の複数の古墳があったことが分かったらしいです。パネルによると、正圓寺もかつて境内が前方後円墳だったという説があるらしい。寺として創建される前から由緒ある土地だったのだな。
正圓寺は公園に隣接しているとあったので、公園から境内へ移動することにしました。
ところが境内への道はフェンスで隔てられていて、入ることができません。工事中なのかな?

フェンスから覗くと「聖天さん」の看板が横倒しになり、隣の建物には落書きが。なんか……荒れてる?

仕方無いのでいったん公園を出ました。公園出口から少し離れたところに寺への入口があるので、そこから改めて登ることとします。


お寺の名が書かれた立派な石が立ち、その横にはお地蔵さんらも控えていますが、有名なお寺の入口にしてはどうもなんか妙な感じがします。暗い感じというか。なんとなく不穏。布団棄ててあるし。


ひと気のない石段を登ります。すぐに山門に着きました。山頂はこの内側のようです。


山門の前には石仏が並んでいて、ちょっとエキゾチックな感じ。


十一面観音さん?

壁に埋まってるのかっこええ

千羽鶴がいっぱいぶら下がっていました。エコーの包みで折られたニコチン鶴があった。めっちゃいい!!

縁起によると、境内には本尊である「大聖歓喜天」がおはし、兼好法師ゆかりとされる何かもあるらしい!

しかし、山門は閉ざされていて、どうも中に入れなさそうです。何故? 定休日?? 寺に定休日てあるん? 参詣客もぜんぜんいません。休日なのにな~。こんなもんなんかな?
新しそうな説明板が傾いていて、なんか不審を感じます。「こ~こはど~この箱庭じゃ」の終盤みたいな(もう誰に通じるんだ)。

「すべてのことに、すべての人にありがとうを」

ありがとう板の隣には掲示板がありました。

ほ~何々?
「お詣りする前に山門の鬼瓦を見上げると鬼瓦は邪気を睨みつけているが、お詣りを終えた後の鬼瓦は、笑顔で送り出してくれる」。へ~~面白いな。
上のウェブ記事のプリントアウトみたいなやつはなんやろ?
ん??
不正土地取引などで元住職が実刑で寺「破産」へ「天下茶屋の聖天さん」

住職さん、逮捕されてはった。゚(゚´Д`゚)゚。。゚(゚´Д`゚)゚。
わわーん!
詳しい事情は分からないけれど、公園や大通りから寺に入る道が閉鎖されていたのも、山門から中に入れなくなっているのも、これのせいだったのか……!
とりあえず奥に行く道はあったので、塀に沿って奥へ進んでみました。雑草が茂っています。ひと気が無くてちょっと怖い。

雑草の中を歩いていると、人に遭遇しました。見物人なのかお寺の関係者なのか。こんなところに人がいるとは思わなかったので、あからさまにビクッとしてしまい失礼だったかもしれません……。
なんか言わねばと思い「こちらは行き止まりですか?」と訊いてみたらば、「以前は公園や表通りとつながってたんですけれどねえ」とちょっと笑って答えられました。
さっき公園から見たところに出ました。横倒しになった看板と落書きされた建物。この建物も使われてなさそうだし、コンクリ打ちっぱなしみたいでずいぶん殺風景だし、なんなんだ?

ここは「奥の院」である(であった?)ようです。





祠の周囲の柵が錆びていて、なんとなく、改修前の地元の動物園を思い出しました。

この祠は「白玉会館」と呼ばれ、荼枳尼天を祀っているらしい! 今もどなたか手入れされているんでしょうか?
祠から下を見下ろします。樹々の向こうがさっきの公園。

公園と境内を隔てるフェンス沿いには、さまざまな石像が崩れたり草に埋もれたりしながら無造作に置かれています。
それらを見ていると、ここはこの状態になる以前からまあまあパラダイス的(※桂小枝的意味で)なお寺だったのでは……?という気がします。こうなる以前の、普通にお寺として参詣客がいたであろう時代の様子が知りたいです。


なぜか浮かれているタヌキ
そんなわけで結局、目指した山頂には行くことができず石段を降りました。「おつかれ山」ならず! 邪気を払って帰るときには笑顔で送り出してくれるという山門の鬼瓦。帰るときに見ましたがふつうでした。
* * *
一体何があったのか帰ってネットを検索見たらばこの件はそこそこニュースになっていたことを知りました。混み入った事情のようなので全ては分かりませんでしたが、
・もともと経営が大変だった
・寺の隣に老人ホームを作ろうとする
・その資金繰りのために住職が虚偽を行う
・諸々差し押さえられて大変になる
・不動産ブローカーかコンサルかそんな感じの人たちがやってくる
・寺の敷地ばかりか寺の権利も乗っ取られる?
・もっと大変になり破産
みたいな経緯のようです。あの殺風景な建物はその老人ホームが途中で建設をストップしたまま廃墟化したものだったのですね。現在、寺が所有していた文化財は市の管理下に移されているそう。そんな中、まだ寺を守ろうとしている方々もあるようで、私が遭遇した人は手入れに来ていた人だったのかもしれません。
ネット上で見る限り、住職は騙されて乗っ取られたとか乗っ取られたわけではないとか、複数の言説があるようなので詳細は不明ですが、それにしても興味深いのが、YAMAPきっかけで始めた低山めぐりがいきなり「知らん寺の怪しいスキャンダルを知る羽目になる」という実に自分らしい運びになったことです。私はなんでいつもこういうものに遭遇してしまうのでしょう……。
そして掲示板にネットニュースのプリントアウトを貼ったのは一体どなたがなんの目的で? 知らずに来る参詣客に現状を知らせるため?
かつての寺の様子・寺宝などは、残っている公式サイトで見ることができます。