今年は、地下鉄サリン事件から30年だそうです。
年初にも「阪神大震災から30年」というブログを書きましたが、1995年は大変な年でした。オウム事件に関しては、私は別に何かの被害に遭ったわけではなく教団の関係者であったわけでもないにもかかわらず、「人生を変えられた」ような感じがあります。この感じはちょっと説明するのが難しいです。
事件を知らない世代の方は、当時の報道の過熱っぷりはちょっと想像し難いかもしれません。TVも新聞も週刊誌もほぼオウム一色になり、日本中が浮足立っているかのようなムードでした。かつて、佐野眞一は「東電OL事件」についてのルポで自分はこの事件に「発情」したという表現をしていましたが、オウム事件に対する人々の反応についても、この「発情」というワードがかなり近かったと思います。無関係の高校生であった私もまた、その中にありました。それまで朝が苦手であったにもかかわらず早朝に起き出しては新聞を読みTVニュースを見、学校が終われば夕方から夜まで「オウム特番」を見続ける、という過覚醒の状態で自律神経が変になっていました。(先日当時の映像をTVで見ていたらば、そこに登場するオウム幹部たちの「ホーリーネーム」を未だスラスラ言える自分に驚きました。貴重な十代の感性と記憶力をそんなことで消費してしまったのです。)
オウム事件について私が未だに気になり続けているのは、「なぜ教祖はあんなことをしたのか」「なぜ信者たちはあの教祖を信じてしまったのか」はたまた「なぜ日本社会はオウムを生んだのか」よりも(もちろんそれらも社会的に重要な問いであるとは思いますが)、「なぜわれわれ(私)はあのときあんなにヘンになってしまったのか」ということです。昨今、いつしか、当時の過熱報道、とりわけ事件を「ネタ」化するようなあり方を批判・反省する言説が主流になりました。たしかに、われわれは茶化すべきでないものを茶化してきた面はあると思います。われわれ(人々)がこうした反省をするようになった背景としては、
(1)SNSの興隆もありメディアの中で被害者の生の声に接する機会が増えた。当時も皆被害者に同情を寄せてはいたが、想像が及んでいない部分も大きかったと思う。改めて、悲惨な事件だったのだと認識した。
(2)オウムだけでなく、おもろがって茶化してたら洒落にならん事態になってしもた……みたいなことが繰り返されてしまった。
(3)(2)と関連して、ちょっと前からの90年代断罪の風潮。(正直これに関しては、そりゃあ断罪されるべき点はあるとは思うものの、「ひと昔前は野蛮で愚かに見える」みたいなバイアスがあるんじゃないかと思っていて、私はこの風潮には懐疑的。90年代は皆80年代を断罪していた。というか90年代から90年代なんて別に好きじゃなかったし、みんなそんなに90年代に90年代してました?渋谷とかにいた人だけじゃねえの? と思ってしまう)
というものがあると思います。とまれ、勿論当時の報道やその受容について反省すべき点はそりゃあ沢山あるものの、「当時のわれわれは野蛮で愚かだったからああなってしまった」みたいな単純な話ではなくて、これは笑いごとでないぞと分かっていながらも一連の報道に異常に熱に浮かされたようになってしまったあの感じ、葛藤しながらも皆が自律神経が変になったり「発情」したりしてしまったあの感じ、あれは何やったんや、何でああなってしもたんや~~というのを忘れたらあかん……とまでは言わないけれど、オレは忘れられないぞ~~と思うわけです。
以前に内輪の研究会(っていってもそれぞれがそのとき気になってる話をダラダラする気楽なやつ)でそんな話をしたことがあり、そのときのレジュメが残っているので冒頭だけ以下に載せます。「12年後の『オウムと私』」とありますがさらにここから18年経ったのでした。(黄緑のところは内輪ネタのところと今見るとちょっと……というところです。文字が読みにくいですがすません)







以下は、ダラダラしていたりちょっと今見るとアレだな……と思うところが多かったりするのでカットします。いつかなんかの形でもうちょっとちゃんと書き残せるとよいのですが。