以下の内容はhttps://maternise.hatenadiary.jp/entry/2025/01/28/235754より取得しました。


読書の冬(1)大橋義輝『おれの三島由紀夫』――1971年の「推し、燃ゆ」

昨年にいろいろ読んだ本を紹介しようとして、「読書の秋」というタイトルで下書きに入れてたんですが、そうしてるうちに冬になったので、「読書の冬」シリーズということにします。ってか秋ってそんなに読書進む? 他の季節と較べてべつにそうでもないけど……。まアかつては夏の暑さも一段落して落ち着いて本が読める季節が秋やったんでしょうね。昨今はそもそも秋がないので……。(どうでもええ前置き)

 

***

大橋義輝『おれの三島由紀夫』(不死鳥社、1971)

 

f:id:kamemochi:20250127234158j:image

タイトルがすごい。これは2024年の「やっと会えたね」本・オブ・ザ・イヤーでした。

25年前、初めて東京に行った際、東京駅から御茶ノ水へ向かいニコライ堂を観たのちにまず神田神保町へ向かいました。オンライン古書店がまだ充実していなかった当時、古本屋が一堂に会している街というのはまるで夢のテーマパークのように感じられたのでありました。そこでなんやかんや本を購ったのでありますが某書店でひときわ目を惹いたタイトルが「俺と三島由紀夫」でした。なんだこれは!

たしか500円とかだったと思うのですがこのときは結局買うことなく神保町を後にし、しかしその後も三島由紀夫のことを考えるたびに幾度となく「俺と三島由紀夫」が脳裏に去来し、時を経てジワジワと気になる度が高まっていったものの、検索してもなぜか出てこない……なんやったんやあの本は……と思っていたところ、たまたまツイッターでまさにそれの話題を見かけ、タイトルは正確には『おれの三島由紀夫であったことが判明し、早速購入しました!(※いや、ガチ探ししていたらすぐ見つかったのかもしれないが、思い出すたびにちょっと検索しては諦める……ということを25年くらい続けていたのでありました。)

 

カバー袖の著者紹介がもうすごい。著者はフジテレビ所属のテレビマンで当時26歳。

氏の局内での三島びいきは知らぬ者がなく、三島がボディビルを始めれば大橋氏もせっせと三島見たさに後楽園ジムに通い、5年間ピッタシ三島由紀夫のそばにくっついて、神とあがめた三島の一挙手一動に見入るなど三島熱はまさに宗教的。

大橋氏がジムの中で空手を始めると今度は三島がそれをおっかけるように空手を始め、さらに11月25日もたまたまあの時間に大橋氏は三島の霊に引かれるように、いつも通らない市ヶ谷から出社したという。それはすでに「サヨナラ三島サマ」と題して大橋自身の三島像に告別の脱稿をした直後であった。

これだけで期待が高まります。

 

ワクワク…



一番良かったのは第一章「サヨナラ!三島由紀夫サマ(おれの心の恋人だった三島サマ)」です。章タイトルだけでグッときます。三島への陶酔と決別が生々しく書かれており、ここだけでも読む価値があります。冒頭がもう痺れる。「おれはこの十年間、ただひたすらアナタを崇めたてまつってきたんだぜ」

映画をきっかけに三島にハマり、部屋を三島関連のもので満たし、家族から「三島キチガイ」と呼ばれ、ボディビルを始め、どんな女も神仏も三島の前ではものの数ではないと思い詰める。「人間は太陽がなければ生きてゆけない。まさにアナタはおれの太陽だった、ギラギラ輝くエネルギーの権化だった」。ほとんど『推し、燃ゆ』です。そしてそんな彼が、三島の写真を火に投じることになります。

「そんなにアナタを崇めたてまつってきたおれがだんだん『金閣寺』の主人公のような心境になってきたんだ。つまりあなたはおれにとって美の権化なんだ」

「おれはアナタがいる限り女性を美しいと思わネエだろう、アナタがいる限り、おれはネ一生結婚なんて出来っこネエだろう」

推し活に十年を費やした著者は、『金閣寺』の主人公が『金閣寺』を燃やしたように三島と決別することを決意し、そしてそれは「おれの中にいるアナタ」すなわち「おれの三島由紀夫」を書くことによって成立するのであると考えます。ボディビルをやめ、それまで肌身離さず持っていたという三島の写真を焼き、『豊饒の海』を最後に三島と別れることを決め、「おれはこの"おれの三島由紀夫"を書き終った時、一年間位はアナタのものはもちろんのこと、他の作家のものも読まネエぜ」――イヤ、なんで?!! そこまでせんでも!!! とは思うものの、圧倒的すぎる太陽に魅せられたあまりにその太陽を弑すしかなくなってしまった人の青春と青春の終焉の記憶として瑞々しく、かつその終焉がその作家の代表作をなぞるような形で行われる点で美しくもある。これに続く第二章のタイトルは「涙ながらに三島生原稿をチャリティに」。(本書巻末には本当にチャリティ価格で読者に三島本や三島原稿を譲るためのリストがついています。)

 

しかし、タイトルとその文体からハチャメチャな本のような気がしてしまいますが、読み進めると内容はけっこう普通に真面目だったりもします。「春の雪」論やテレビドラマ版の裏話(第4章)とか、野坂・横尾との比較(第5章)とか。「~だぜ」「~ねエか」的べらんめエ文体のせいでチンピラみたいな人を想像して読んでしまいますが、いきなり源氏物語絵巻15万円で買ってたりして、普通に教養人やないか! となんか笑ってしまいました。文体の勝利だな。みんなこの文体で論文とか書いたら、なんというか、世界は愉しくなるのでは……? (この方他にもいろんな著作があるようですがどれも未読ですなんですが他のもこの文体なんでしょうか……?) 

 

 

本書のドラマ性の最たる点はなんといっても、三島の死の直前に書きあげられたというところです。三島の死は1970年11月25日。本書の冒頭「告別」の辞の日付は11月20日となっています。なんということか。三島の死には「後記」(11月30日の日付)で少しだけ触れられています。「あゝ三島よ三島、おまえは何故現実に死んだのだ!!」。十年を三島に入れ揚げた著者は実際にショックだったことでありましょう。「おれはそんなおまえが好きだったぜ。心底好きだったぜ」。第一章では仰ぎ見るように「アナタ」と呼ばれていた三島が、決別そして死の後に書かれたこの短い後記の中では友のように「おまえ」と呼ばれているのです。

 

***

 

各章の間に挟まれるイラストもちょっと懐かしいテイストで好きです。しかし「さしえ 高畑達三」「イラスト コーン・津和野」と二名クレジットがあり「さしえ」と「イラスト」の違いが分からない!ほとんどの絵に「TAKA」とサインが入っているので「高畑」を指すと思うのですが。津和野さんの絵はどれ? どういう方々なのかな? とネットで検索してもよく分かりません。高畑達三氏はドラマ『白い巨頭』の大道具スタッフさんの名前がヒットしますが同じ人なんでしょうか。フジテレビだし。「コーン・津和戸」さんは不死鳥社の他の書籍の紹介で一件ヒットするだけ。

不死鳥社という出版社もどういう出版社だったんでしょう? このへんの出版社・出版人事情に詳しくないので分からず……御存知の方お教えくださいませ。 野川浩という人の本がたくさん出ていますが、この方と不死鳥社代表・益子政史氏は同一人物なんですね。三一書房から『猥褻とは何か 第一審判決から最高裁まで』という硬そうな(?)本が出ている一方で、怪しげな『孤愁の影』って本が気になる!『恋愛免許証』が怪しすぎる!  こういう、ジャーナリズムもエロも右翼思想も左翼思想もごった煮になったような猥雑な世界って、90年代末頃までたびたび出会うことがあって、ちょっと怖くもありちょっと惹かれるものでもあったなあ。本書にはそうした懐かしい佇まいも感じます。

 




以上の内容はhttps://maternise.hatenadiary.jp/entry/2025/01/28/235754より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14