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摩訶戸古墳群第1号墳 愛知県新城市一鍬田下六田

庭野神社で和やかな気持ちになってからは、南西に1.4㎞の摩訶戸古墳群のピンが立つ場所へ。

 

国道からほんのちょっと入ったところに大きな看板が立っていました。

摩訶戸(まかご)と読むそうです。

左の小径を降りて行きます(看板に矢印が欲しいところです)

 

緩い坂を50mほど進むと、なかなか大きな墳丘が。

 

シダに覆われた墳丘。その裾を左回りに進みます。

 

周りには幅があり、周溝を感じさせます。

 

説明板がありました。

新城市指定文化財
●種別・名称 (史跡)摩訶戸古墳群(第1号墳)
●指定年月日 昭和34年4月1日
●所在地 新城市一鍬田 地内
●内容
摩訶戸古墳群は東西約200m、南北約700mの範囲にわたって15基の古墳が密集している。古墳の種類は、2基は前方後円墳(第10・13号墳)で、1基は積石塚(第7号墳、墳丘亡失)、残りは円墳でそのうち7基は墳丘が亡失している。
15基の古墳はその立地場所から、標高約80m付近の丸山と呼ばれる丘陵地に3基(第5~7号墳)、標高約50m付近で摩訶戸神社周辺の5基(第1~4・8号墳)、前方後円墳がある標高約30mで古墳群の南部にあたる7基(第9~15号墳)の3グループに分けられる。
この第1号墳は、石室の形態から古墳時代後期の6世紀後葉~7世紀初め頃の築造と推測されている。石室は横穴式で開口部は南側に設けられた両袖型で、床面礫敷き、羨道入口に蓋石を置くものである。当時、墳墓は家族あるいは地域の守護神として祀られ、古代人の間では死者は墓の中で生活し、霊魂は肉体と分離せずに埋められた一画で生き続けると信じられていた。

第1号墳の規模
古墳 墳丘径12.3m 高さ3.4m
石室 全長4.42m 幅1.94m 高さ1.81m

新城市教育委員会

 

市のサイトによれば、前方後円墳の10号墳(全長16.3m)、13号墳(同28.3m)も一部の墳丘を残しているようです。

摩訶戸古墳群:新城市

 

さらに南側へ回っていくと

 

開口部!

 

網でしっかり防護されています。カメラを差し込む隙間もなく。

 

一回りしてお別れの1枚。

 

検索していると、obitoさんのサイトで1号墳の石室内(や2、9~14号墳)の写真を見ることができました。

大和國古墳墓取調室

 

写真では、1号墳の開口部がブロックで補強されているのですが、網の下にそれがあったのでしょうね。

摩訶不思議な感じです(言ってしまった…)

 

2025年10月中旬訪問




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