前回のつづきの、国史跡・水科古墳群。
北端の角にある11号墳。

説明板はぎりぎり読めそうですが…

※時間がかかりそうなので書き起こしはいつか改めて。
11号墳は横穴式石室が開口しています。

羨道側壁には河原石が見えます。

ロープの前からズームで。奥壁も写ったか。

桜の林の中に戻って。ちょうど草刈りの最中でした。

扁平な墳丘は未調査、発掘調査がなされたものは高く土盛りが成されています(前回の説明板より)

扁平な16号墳。その後ろでは草刈りの方々が一休みされていました。ありがたいです。

草刈り直後なので墳丘の形がよくわかりました。

周囲を田んぼに囲まれた”古墳公園”ですが、きっとかつては周り一帯にも多くの墳丘が展開していたのでしょうね。

裾周りがきれいに刈られています。

こちらは東端に一基。葺石あり。

正面から。裾近くには結構大きな石も葺かれています。

それが21号墳。

第21号墳
この古墳は古墳群の東北端に位置する直径10m、高さ推定3mの円墳で、幅5m、深さ0.8mの浅い皿状の濠が巡っています。墳丘は45度の角度で築かれ、前面の表面には石が葺かれていますが裏側部分(後ろ側)にはありません。
石室は長さ8.6m、幅0.8mの長方形の横穴式で玄室の床は扁平な河原石で敷き詰められ、入口部は河原石を積んでふさいでいます。遺物は奥壁の両端に直刀二振が立てかけられた状態でみられました。また向かって左側の直刀に接して須恵器の台付きの碗が発見されました。
上越市教育委員会
オリジナルの石なのか気になるところでした。

ズームしましたが、中の様子はわからず。

そのあたりから林の方を振り返って。

パノラマで。

こちらは18号墳。

14号墳。

14号墳には説明板あり。

第14号墳
この古墳は直径9.5mの円墳で周囲に幅2m、深さ0.5mの濠を巡らしています。
石室は長さ3.85m、幅0.55mの長方形の横穴式です。玄室と羨道との境には石を立てて玄門とし、また床には細長い石を置いて間仕切りとしています。羨道は河原石をつめてふさいでいます。
玄室の床は扁平な河原石で敷き詰められ、奥壁付近から焼けた骨と滑石製小玉がみつかりました。
上越市教育委員会
そして隣の19号墳にも。


第19号墳
この古墳は直径9.5mの円墳で、まわりに幅2.2m、深さ0.7mの濠を巡らしています。
石室は長さ約5m、幅0.8mの長方形の横穴式です。玄室の入り口には細長い石を置いて間仕切りとし河原石を積んでふさいでいます。出土遺物のうち濠の西側から見つかった須恵器の長頸の壺は貴重な資料です。なお前庭部からは3個の柱穴が見つかりました。これらは古墳構築以前のものとも考えられます。つまりここには古墳群とそれ以前との二時期にわたる遺跡であることがわかりました。
すみっこにあった小さな墳丘。

奥の山裾には宮口古墳群の墳丘が見えていました。

第23号墳でした。後ろは19号墳、14号墳。

第30号墳は大きな開口部?

ではなく、こちらの鉄板下の小さな石組が30号墳で、周囲は墳丘風の「覆い屋」でした。

その説明板。その小ささが貴重とのこと。

第30号墳
この古墳の石室は長さ1.06m、幅0.3mで横穴式のきわめて小さいものですが、石室の石の積み方や床の石の敷き方などは他の大きな古墳と全く同じです。しかし遺物は全く見つかっていません。
このような小さな古墳は全国的にも群馬県や兵庫県に2,3基発見されているだけの貴重なものです。
なお現在の墳丘は石室を観察できるように模擬し大形にしたものです。
上越市教育委員会
2025年10月中旬訪問