前回の高士古墳群跡から1.5m北北東に、国史跡の水科古墳群があります。グーグルアースでもポコポコが見えますね。
南側の道路を。右の枝道的なものが駐車場。

説明板あり。

史跡 水科古墳群
指定日:昭和51年5月6日
指定地:新潟県中頚城郡三和村大字水科
指定面積:10,020㎡
頚城平野の東端に所在する飯田川の東岸扇状地上に営まれた後期古墳群である約1haに34基の横穴式石室群が群集している。
すべて墳丘上部が削平されていたが大部分が円墳であったことが確認されている。横穴式の石室は河原石を積んで作られており、規模は大規模(全長8.6m、幅0.9m)のもの、中規模(全長3.5~4m、幅0.8~0.9m)のもの、小規模(全長1~1.3m、幅0.3~0.5m)のものと三群に分けることができる。
本古墳群は墳丘基底部の構造をよくとどめており、石室床面の敷石、羨道の閉塞などの実際をよく伝え、日本海沿岸北部の重要な古墳群というばかりでなく、その群の構造内容からはこの地域の動向を具体的にうかがうことができ貴重なものである。
昭和56年3月31日 文部省
植わっているのは桜でしょう。

説明板には34基とあり、番号標のある墳丘もありますが、照合する時間はありませんでした。

模型のある説明板も。墳丘は25基ほどですね。

水科古墳群の整備
本事業を実施するにあたって次のことに注意して基本計画を立て施行しました。
1、古墳、遺構の保存を第一に考える。
2、古い景観を可能な限り復元する。
3、目で見て理解を深められるようにする。
以上の3点から施設は最小限にとどめ史跡地全体に約30㎝の土を盛り墳丘・石室を復元して古墳の外形や内部構造をみることができるようにしました。墳丘の土盛りの高さ法、墳丘全体の形態について調査資料をもとにし、また国指定史跡新井市天神堂古墳群の墳丘を参考しして発掘調査が完了しているものは高くし、調査が古墳の確認だけにとどめたものは低くして提示しました。
植栽は景観を考慮して行い、歩道は歩きながら全体を眺められるように設計したものです。
昭和56年3月31日 上越市教育委員会
小さな、可愛らしい墳丘も(4号墳)

こちらの2号墳は墳頂が平らなので、発掘調査前なのでしょう。

その墳頂から北北西方向。

北北東方向。

まだまだ沢山の墳丘。

賑やかな感じでした。

「第3号墳」も発掘調査前なのでしょう。

振り返った古墳の林。



右が発掘調査後、左が調査前なのでしょう。

上記の左は9号墳。

右は10号墳でした。

つづく。
2025年10月上旬訪問