菅原古墳から水科古墳群へ向かう道路沿いに、高士(たかし)古墳群に立ち寄りました。
道路脇に忽然と説明板。
横穴式石室からは、アスファルトが塗られた土製の玉が出土したとのこと。

高士古墳群
高士古墳群は、大字南方にあり、昭和33年に発掘調査が行われました。
横穴式石室と呼ばれる埋葬施設のある古墳から出土した土製の玉は、アスファルトが塗ってあり、古代にこの地が燃える水「石油」の産地であったことを物語っています。このほかにも刀や耳飾りなどが出土し、発掘当時、大変な注目を集めたということです。
高士古墳群の発掘調査は、後に宮口古墳群・水科古墳群(国指定史跡)、菅原古墳群の調査に大きな役割を果たしました。前方の水田一帯に、このような円墳が10基ほどあったようです。
平成3年 上越市
説明板の「前方の水田」の風景。北西方向。

南西方向。墳丘の痕跡は消えていました。

奥の山並をズームで。

最初は説明をよく読まずに、背後の丘をそそくさと登って行きました。

そこにあった説明板は「庚申塔」。右の石がそのようです。

すぐ上で林道?に出ました。左手方向。

正面に丘を登る踏み跡があって惹かれるものがありましたが、何の説明板もなかったので引き返しました(正解。先に説明板を読むのがもっと正解)

庚申塔説明板の脇あたりからの眺め。北西方向。現在は海岸まで14㎞。

2025年10月中旬