加須市の稲荷塚古墳は、前回の浅間塚古墳の東120m、前々回の御諸塚古墳の南580mの立地。この3基で現在の樋遣川古墳群を形成しています。
浅間塚古墳からの畦道から見る稲荷塚古墳。

遠目には同じような”緑の塊”でしたが、稲荷塚は浅間塚とは対照的にのっぺりした低めの墳丘です。

南側の鳥居から。

鳥居の右脇に説明板。

市指定有形文化財
稲荷塚
稲荷塚は古墳時代の円墳(平面円形の古墳)で、墳頂部に稲荷社が祀られている。直径22m、 高さ2mで、樋遣川古墳群の一つである。
利根川の支流浅間川右岸の自然堤防上に築造された。
江戸時代後期の「新編武蔵風土記稿」に、「穴咋塚、 諸塚、石子塚、稲荷塚、浅間塚、宝塚、宮西塚をあ わせて樋遣川の七塚という。いずれも高さ六七尺(約2m)ばかり」と記されている。
明治34年、御諸塚は宮内省により御諸別王(みもろわけのおう)の墓として陵墓伝承地、稲荷塚と浅間塚はその付属地に内定した。その後、懐疑的な意見が出されたが、樋遣川古墳群出土品については「相当の文化」と評価されている。
稲荷塚と浅間塚、御諸塚の三基は現存し、県選定重要遺跡となっている。
加須市教育委員会
鳥居をくぐって墳丘へ。

緩やかな傾斜にも石段があります。

稲荷社を戴く墳頂。

振り返った鳥居側。

木の根元に石の祠。

その木は高くそびえる欅のようでした。手前にまだ緑の紅葉も。

これらの木々で遠目には浅間塚と同様の”マッス”だったのですね。
墳頂から外の道路を。低く見えたものの結構高さがありました。

2025年9月中旬訪問