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御廟塚古墳 埼玉県羽生市下村君

永明寺古墳の南西570mほどには御廟塚古墳のピンが立っています。

 

北西側の道路から見る御廟塚古墳。

 

回り込むと、柵の内側へ入れました。石仏の並ぶ小径。

 

多くが並ぶ場所も。

 

その背後が墳丘でした。

 

南側から。

 

墳丘への階段には手摺りがついています。

 

墳頂のようす。

 

五輪塔を後ろから。

 

墳頂から北東方向。永明寺古墳の木々は右奥に写っているか…

 

墳丘のすぐ西側には東北自動車道が通っています。

 

北側には、ちらりと利根川の橋(高速道)も見えました。

下記の、市のサイトの解説で、御廟塚古墳が前方後円墳(規模不明)であったことを後で知りました。今残っているのは前方部で、削平された後円部とを用水路が分断したとのこと。

https://www.city.hanyu.lg.jp/docs/2018051700020/file_contents/murakimi.pdf

明治 8年(1875)また明治 13年(1880)に開墾のため発掘され、石室の天井石や馬具( 轡 )が見つかったという伝承があるそうです。

 

また、上記資料には、永明寺古墳との間にある鷲宮神社は、稲荷塚古墳(径20m・高さ1.5m)の墳丘上に鎮座し、かつての社殿改修の際に「甲冑姿の埴輪」が出土との伝承があるとのこと。

 

2025年9月中旬訪問




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