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真名板薬師堂 埼玉県行田市真名板

真名板高山古墳見学後は、東側裾の真名板薬師堂にお参りしました。

 

南東の道路側から。

 

そこには古墳のサインも。

 

境内に入ってすぐ左手の力石(持てません)

 

立派な山門です(仁王門)です。

 

遊具のある境内の後ろが、真名板高山古墳。

 

山門から薬師堂を。その手前には、葉っぱの沢山ついたイチョウが三本。

 

行田市のサイトには、お団子のように刈り込まれた姿が…

www.city.gyoda.lg.jp

 

薬師堂には銅製の(伝)薬師如来が安置されています。

 

こちらは行田市のサイトによれば、1月1日と4月2日から8日の間の日曜のみ御開帳されるとのこと。

銅造伝薬師如来立像/行田市

上記には薬師堂の由来あり。ここには江戸時代、花蔵院(けぞういん)という真言宗の寺院があり、その境内の薬師堂だったものが、花蔵院は明治初期に廃寺となり、現在は薬師堂のみが残るそうです。

 

薬師堂前から見る山門。

 

薬師堂の左側に石仏や板碑が集まっている一画があります。

 

その板石塔婆は見上げる高さ。

 

説明板あり。

行田市指定文化財
板石塔婆
昭和34年3月19日指定
この板石塔婆は、鎌倉時代以降盛んに造られた緑泥片岩等を使った石碑の一種で、一般的には死者の霊を供養するために造立されました。
この板石塔婆は、上部に伊字ノ三点、その下に阿弥陀一尊の種子(キリーク)を荘厳体で刻み、中央の蓮台の上に「南無阿弥陀仏」の銘文、左右に長五輪塔、下部に建治元年(1275)乙亥九月の記年銘と銘文が刻まれています。
銘文の一部が剥落、磨滅していますが、「新編武蔵風土記稿」によれば右側に「右志者奉為過住 主君幽儀滅罪生善」と記されていたようです。左側に「尽法界群類平等 利益仍造立如件」、下部に「沙弥西念敬白」と記されており、沙弥西念が主君の滅罪と法界群類の平等利益を願い建立した板石塔婆であることがわかります。
鎌倉時代の特徴をよく具えた六字名号(南無阿弥陀仏)板石塔婆の典型例と言えます。
平成23年 行田市教育委員会

 

裏の駐車場側からの薬師堂。右手が真名板高山古墳の後円部裾側。

2025年9月中旬訪問




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