熊野本宮参拝後は、幅の狭い国道311号を抜けて、三重県熊野市の花の窟(はなのいわや)神社へ。
道の駅・熊野花の窟のすぐ北側に、鬱蒼とした境内入口。

社務所の先、目の前の巨岩が御神体。

高さは45m。岩の頂から綱が伸びています。

真下から見上げて。右側が御神体。

別の角度から。上部がお顔のようにも見えました。

ちょっと読みにくくなった説明板。

国史跡 熊野参詣道伊勢路
花の窟(はなのいわや)
この花の窟には社殿はなく、高さ約45mの巨巌そのもを御神体としている。自然崇拝の太古からの遺風を残すとともに、熊野の神様としてあがめられてきた。御神体の巨巌の直下に立つと身の引き締まる思いがする。
祭神は伊弉冊尊(いざなみのみこと)、軻遇突智神(かぐつちのかみ)である。毎年2月2日と10月2日には、祭典の主要神事である「お綱かけ神事」が行われる。お綱かけは、わら縄で編んだ110尋(約180m)の大綱に季節の花、扇を括り付け巌の上から引き延ばして松の大樹の梢に引き渡し、境内南隅の松の根元に結びつける。
日本書紀神代の巻一書に「いざなみのみこと、火神を生むときに、灼かれて神退去りましぬ、故、紀伊国の熊野の有馬村に葬りまつる。土俗、此の神の魂を祭るには、花野時には亦花を以て祭る、又鼓吹旗を用て、歌ひ舞ひて祭る。」と記されている。
「花の窟」の名を初めて世に紹介したのは、平安中期の有名な修行僧である僧基法師である。その紀行文「いほぬし」には
・・・見れば、やがて岩屋の山なる中をうがちて、経を籠め奉りたるなりけり。「これは弥勒仏の出給わん世に、取り出で奉らんとする経なり。天人常に降りて供養し奉る」といふ。げに見奉れば、この世に似たる所にもあらず。・・・傍らに王子の岩屋といふあり。・・・
と花の窟を述べている。
文化庁 三重県 熊野市
公式サイトには、日本最古の神社といわれている、と。
花の窟・花窟神社【はなのいわや】 世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』 >> 世界遺産 花の窟
力強い自然への畏敬が祈りの対象になっていった場を、肌身で感じることができました。

頂からの綱は、通常時はこのように境内南隅の国道脇に。

信号機の後ろの御神体から延びてきています。

国道の東の海岸に降りて、遠望した御神体と綱。

北方向。英虞湾までは80㎞ほど。和歌山県も三重県も雄大ですね。

南へ続く「七里御浜」
約18㎞先に熊野川の河口があり、そこから先が和歌山県(新宮市)になります。この日は新宮に宿泊しました。

「お綱かけ神事」ではこの浜と御神体を綱でつなぐようです。公式サイトの動画で見られました。
花の窟・花窟神社【はなのいわや】 世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』 >> 世界遺産 花の窟
2025年6月下旬訪問