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中新里諏訪山古墳 埼玉県児玉郡神川町中新里

中新里(なかにいさと)諏訪山古墳は、前回の大塚稲荷山古墳から700m程北の立地。

 

墳長41mの前方後円墳です。西側面を(左の北側が後円部)

 

裾に沿うように舗装道路。

 

2021年に改修された説明板。

中新里諏訪山古墳
昭和62年3月10日 町指定史跡
中新里諏訪山古墳は、一部墳丘が削られているものの、比較的依存状態の良好な前方後円墳である。
墳丘の規模は、現状で全長約41m、後円部径約22m、高さ約3.5m、前方部幅約20m、高さ約2.5mである。周溝の確認調査の結果から、全長42m、後円部径約26m、前方部幅約27mに復原できる。周溝の形態は盾形で、周溝を含めた全長は約52m、幅は約36mである。周溝及び墳丘からは葺石や埴輪が出土している。埋葬施設は、後円部に位置し、南西方向に開口する横穴式石室である。馬具・直刀・勾玉・切子玉・須恵器等が出土したと伝えられている。
この古墳は6世紀中頃に築造されたこの地域の首長の墓と推定される。
昭和63年3月(令和3年8月改修)
神川町教育委員会

 

その実測図部分。長軸はぴったり南北です。

 

くびれ部裾から後円部を。手前に2つ石がありますが、この間がおそらく横穴式石室の入り口だったのでしょう。

 

鞍部に上がって後円部方向を。ここにも石材。

 

まずは前方部先端側へ進んでその先を。


そこから振り返った後円部。草が刈られていて墳丘の様子がよくわかります。

 

そのあたりから西方向。

 

上記の中央奥をズームして浅間山のシルエットを。

 

こちらは後円部墳頂のブロック壁の祠。白い達磨さんがおられました。

 

祠の右の石碑。


祠の前から振り返った前方部方向。

 

後円部斜面には綺麗な青い花が咲いていました。

 

後円部裾に沿う道路。

 

そこから右の前方部側。

 

墳丘を東側から。右手前が後円部、左奥が前方部です。

大規模ではないものの、美しい墳丘でした。

2025年4月下旬訪問




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