西野薬師堂から東に1.3㎞ほどの田んぼの中には県史跡の姫塚古墳があります。

満開の桜に迎えられました。

その説明板。

滋賀県指定史跡 姫塚古墳
昭和57年3月31日指定
姫塚古墳は余呉川と高時川によって形成された沖積地に立地する全長約64mの前方後円墳である。
南側にある前方部は後世に削り取られて、原形を止めていないが、本来の幅は20m近くあったと推定されている。
葺石や埴輪などの出土品や埋葬構造は明らかではなく、周濠の存在も東側の田畑の形から推定も可能だが、現在のところ確認されていない。
築造年代を決める根拠は乏しいが、古墳の形態から5世紀代に造られたものと思われる。
前方部の南約50mには培塚と考えられる「みち塚」があり、また、西方の古保利古墳群との関係から、姫塚古墳はこの地域の古墳時代首長の動向をさぐる不可欠な資料といえる。
平成2年3月 滋賀県教育委員会
こちらのサイトによれば、その後の発掘調査で前方後方墳とわかり、全長70m以上、後方部の1辺40m、高さ7mあって、4世紀前半の築造とみられるとのこと。幅25~30mの周濠を、後方部には葺石を持つそうです。
姫塚古墳 | 滋賀県観光情報[公式観光サイト]滋賀・びわ湖のすべてがわかる!
検索すると、長浜市の資料では全長約80mと。すぐ近くの別の前方後方墳(大森古墳:全長約63m)の解説も。
https://www.city.nagahama.lg.jp/cmsfiles/contents/0000000/271/20131225-163551.pdf
振り返ると桜の暖簾。

墳頂(後方部)からの360°は、見事な桜絵巻。




前方部方向。

細い前方部ですが、元々は先端に向けて広がっていたようです。
https://www.city.nagahama.lg.jp/cmsfiles/contents/0000000/271/20131225-163551.pdf

前方部先端あたり。

そこから振り返った後方部。

裾から花を見上げながら、後方部先端側へ戻りました。

ひとりでいるのがもったいないほどでした。



2025年4月中旬訪問