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平池古墳群:2号墳・3号墳 和歌山県紀の川市貴志川町神戸

平池緑地公園の続きです。1号墳から駐車場まで引き返し、今度は反対側の岸辺を3号墳へ進みます。

 

2号墳の上には墳丘全体を一本の木が傘のように覆い、絵としてはいい感じですが石室は…

 

2号墳越しの、先ほどの1号墳(中央のちょっと膨らんだ芝生)

その右、2号墳の左肩奥の木立が、おそらく双子三昧塚古墳だったのでしょう。

 

3号墳に近い古墳広場側の岸に、2号墳の説明板がありました。

 

墳頂近くに横穴式石室がみられ(た?)そうです。

平池2号墳
平池東側に位置し、現在池の中に島のような形で遠望できます。古墳はやや南北に長い楕円形で、長径31.5m、短径28mの円墳と考えられますが、削られ変形して います。古墳の頂上付近に、横から出入りできる遺体をおさめた石の部屋(横穴式石室)の一部がみられ、石室入口は南西部であったことが判りました。 1号墳と同じように、古墳の周りには幅2mほどの周溝がめぐらされ、また南西部には溝を掘り残すように造られた陸橋が確認されました。
出土遺物としては、須恵器の坏身・坏蓋・石棺蓋が見つかりました。埴輪はありませんでした。これらのことから、2号墳は古墳時代後期(6世紀末)に造られ、1号墳と同じように周溝と陸橋を備えた首長の墓と考えられます。
また、古墳の西方から国府型ナイフ型石器やサヌカイトの細石刃等が採取されました。これは旧石器時代を代表するもので、今から約2万年前のものです。 
※石棺蓋をモチノキ広場に展示しています。 
紀の川市教育委員会

 

モチノキ広場にあった石棺蓋。説明板からは徒歩7分。

 

そのあたりからの1号墳(右端)

このあたり、元はどんな地形だったのでしょうかね。

 

1号墳をズームで。

 

古墳広場のサインは石造り。

 

本当の古墳のような雰囲気の土盛り。

 

頂上の様子。

 

そこからの斜面の先に平池3号墳。

 

池側に突き出たテラスにある説明板。3基のなかでは3号墳(5世紀末)が古く、次に1号墳(6世紀中頃)、そして2号墳(6世紀末)の順に築かれたようです。

平池3号墳
平池南岸に位置し、発掘調査の結果、直径17mの円墳と考えられます。1・2号墳と同じように古墳をめぐる溝を確認しましたが、たいへん浅くはっきり しません。 
古墳からは遺物が見つかりませんでしたが、古墳の高さや形などから、埴輪や須恵器が出てくる前の時期、古墳時代中期(5世紀末)のものとも考えられます。 
紀の川市教育委員会

 

冬でもこの状況ですが、護岸用の石は見えました。

 

3号墳からさらに先に見えていた、グーグルマップにピンが立つ4号墳。

 

そこまで歩くには時間が無かったのでスルーしてしまいました。

 

が、ふっき~さんの記事にて、古墳ではないと調査で判明していることを、今、知りました。

和歌山県紀の川市貴志川町神戸 平池1号墳・平池2号墳・平池3号墳 | 古墳探訪記

 

2025年3月上旬訪問




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